249 精度向上と量産化の期待
と思ったら、カミロさんがすぐに難しい顔になってしまう。
「ですが、一つ二つの工房でやるような仕事ではありません。時計職人ギルドを通じて、全ての時計職人と工房を巻き込まなくては。ただ、あの頑固者どもが、果たして首を縦に振るかどうか……。それに、仮に全員に承諾させても、それでも人手は足りないでしょう」
カミロさんのその言葉に、お父様がなんの問題もないとばかりに頷く。
「それならば、是非、巻き込んで貰いたい。そのための交渉の材料は、先程言った内容に加え、特許取得の協力を挙げよう」
「特許を? いや、しかしあれは、魔道具だけでは?」
「これまではそうだった。しかし今、魔道具以外にもその適用範囲を広げようと、新特許法の成立へ向けて動いているところだ」
「なんと……!」
「今考えつくだけでも『懐中時計』と言う製品そのものに加え、『渦巻きバネのゼンマイ』、『ヒゲゼンマイ』、『新型の脱進機』、『ゼンマイを巻くつまみとその機構』、『時針、分針、秒針を調整するつまみとその機構』など、それだけの部品、基幹となる技術がある。つまり、それらを備えた時計が製造、販売された分だけ、お前達に特許使用料が入る」
「「――!?」」
カミロさんとセリオさんが、あまりの事に絶句しているわね。
もし、この懐中時計が世界中に広がったら、果たしてどれほどの特許使用料が入ることか。
きっと世界的な大企業にだって成長できるわよ。
前世の『ホンダ』みたいに。
「し、しかし、それらの特許は公爵様の……」
「そうだな。こちらから提案した『ゼンマイ』などの幾つかの部品はこちらで取得する。それ以外はアイデア料として、何パーセントかを我が家に納めてくれればいい。残りは全て、実際に開発したお前達の物だ。詳細はまた後日詰めるとしよう」
「「――!?」」
こういうとき、がめつい貴族だと全部持って行っちゃうわけよね。
でもお父様も私も、そんな真似はしないわよ。
「それと今建設中の職業訓練学校をご存じですか?」
尋ねると、カミロさんもセリオさんも頷く。
「確か、お嬢様が貧民街を再開発して作られていると」
「平民も貧民も分け隔てなくタダで、それどころか給料を貰いながら好きな技術を学べると、そう噂を聞きました」
「はい、その通りです」
カミロさんもセリオさんも絶句する。
きっと噂を聞いていても、そんな美味い話があるわけないと、半信半疑だったんでしょうね。
でも、私が肯定したことで、初めて事実だと知った、と。
そこで、提案する。
「ベルトラン工房から、そして他の工房からも、講師を出してみませんか?」
「それはつまり、職業訓練学校で時計職人を育てるってことですか!?」
またしてもセリオさんが目を輝かせて身を乗り出してくる。
対して、カミロさんはやや渋そう。
だから、再開発している貧民街で顔役をしているジスランさんにしたように、職業訓練学校の意義や目的を説明する。
「飽くまでも、教えるのは基礎や知識だけです。秘伝まで教えろと言うわけではありません。それに、講師にはお給料を払いますし、気に入った生徒がいれば弟子として取って貰って構いません。知識や技術、熱意や人柄を確認した上で弟子に出来ますから、従来の徒弟制度より職人や工房側の負担は軽くなるはずです」
「やる気があって見込みがあれば、長続きして、一人前まで育てられそうですね!」
「その通りです。しかも町中に時計が増えれば、時計に興味を持った人達が学びたいと集まってくるかも知れません。むしろそうなるよう、積極的に宣伝すべきですね」
職人達や時計職人ギルドが、自分達で工面しながら行う事業じゃない。
領主であるゼンボルグ公爵家がバックアップしての、一大国家プロジェクトだ。
それに関われるチャンスは、望んだってそうそう掴める話じゃないわ。
「師匠、これはすごいことですよ!」
セリオさんの熱量がすごいわ。
カミロさんはやっぱり古い職人気質なのか、現行の徒弟制度とは違うやり方に難色を示しているみたい。
でも、懐中時計の大量生産にはなんとしても時計職人を増やさないといけないことは、ちゃんと理解してくれていると思う。
すぐさま、否定の言葉が出てこなかったから。
そんなカミロさんに、お父様が重々しく告げる。
「今、時代は大きな変革を迎えようとしている。それにはお前達の懐中時計が必要だ」
だから私も、同じように表情と声音を改める。
「私達と一緒に、新しい時代を作っていきませんか? 是非、その手助けをして欲しいんです」
懐中時計が量産出来るかどうか。
それは誇張でもなんでもなく、時代を大きく進めるか、足踏みするかのように遅々とした歩みのままになるか、その大きな分水嶺になると言っていい。
「師匠! 領主様とお嬢様にここまで言われてるんです、やるしかないでしょう!」
カミロさんは再び目を閉じて唸った後、目を開けて、白旗を揚げるように苦笑して、それから真剣な職人の顔になった。
「分かりました。これほどまでに望まれるのは職人の誉れ。ギルドを通じて全ての時計職人達を説得してみせます」
「ああ、是非とも説得し、まとめ上げてくれ。良い結果を期待している」
良かった!
これで、懐中時計の量産化に大きく前進だわ!
話がまとまったところで、お父様が改めて確認する。
「ちなみにだが、この懐中時計を改良は出来るか? 気軽に持ち運ぶには、いささか大きく重たい」
「それは……はい」
それはカミロさんもセリオさんも薄々感じていたようで、二人から気まずい苦笑が漏れる。
「だが、それ以上に精度を高めて貰いたい。誤差は一秒以下だ」
「「――!?」」
この発言には、さすがにカミロさんもセリオさんも息を呑んだ。
「これだけの品だからこそ、より高い完成度が欲しい。職人として、誤差がありながらこれで満足、などとは言うまい?」
次の瞬間、二人とも目付きが変わった。
「それは、もちろんです」
「言われるまでもありません」
職人魂に火が付いたみたいね。
さすがお父様、焚き付けるのが上手だわ。
誤差五分。
確かにそこだけを見れば、現状、驚異的な性能よ。
でも、そこで満足して貰っては困るもの。
「それも含めて、よろしく頼む」
「分かりました、必ずや成し遂げて見せます」
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