248 世界に名だたる時計の町
「「世界に名だたる時計の町!?」」
カミロさんが驚き目を見開いて、セリオさんが目を輝かせて身を乗り出してきた。
そんな二人へ文字盤を向けて、膝の上に抱えていた懐中時計を持つ。
「そうです。でもそれは、単なる『懐中時計の発祥の地』と言う意味だけではないですよ」
そんな単純な宣伝文句だけでは、長く記憶に残らないし、強く興味を惹くには物足りないもの。
「今、時計は教会や寺院の時計塔、そして貴族や大商人などの限られた人達だけの物です。でもこの懐中時計なら、必ずや近い将来、誰もが一人一つずつ、時計を持てるようになります」
「一人一つずつ……確かに、不可能ではないでしょうが……」
「……だとしても、なんとも贅沢なお話ですね」
「ええ、今はまだ、贅沢な夢物語かも知れません」
でも、その未来は必ず訪れる。
それは歴史が証明しているわ。
「だからまず、役所、ギルド、広場、乗合馬車の駅、劇場など、時計があると便利な公共の場に設置して、徐々に普及させていくんです」
「時計をもっと身近な物に、と言うことですね?」
セリオさんが興奮気味にますます身を乗り出してくる。
オタク気質っぽいと感じたのは間違いじゃなかったみたい。
「はい。普段から時計を目にすることで、誰もが次第に時間を意識して生活するようになるでしょう」
今はまだ、それがかなり大雑把なせいで、とても無駄な時間を生んでいると思う。
「例えばお二人が、時計塔のメンテナンスのために寺院へ『お昼の二時頃に来てくれ』と言われたとき、どうされますか?」
「司祭様をお待たせするわけにはいきませんから、一時頃には訪ねておきます」
「ただ、司祭様のご予定がずれ込むと、四時頃まで待たされる場合もありますね」
そう、待ち合わせとしては、それが一般的な感覚だ。
乗合馬車の出発時間や友人同士の待ち合わせでも、一、二時間待つのは当たり前。
特に偉ぶる貴族や聖職者の中には、わざと待たせて自分を偉そうに見せる人もいるのよ。
「ですが、きっかり『二時』との約束になれば、無駄に待たされる時間がなくなるはずです」
「それはそうですが……しかし、そういうものでは?」
カミロさんはその時間感覚で五十年生きてきたから、すぐに考えを切り替えられないみたいね。
「つまりお嬢様は、誰もが時間を効率よく使うよう、考えて行動するようになる、と言われるのですね?」
「その通りです」
セリオさんはまだ若い分、理解が早いわ。
もちろん、時間に縛られない、のんびりとした生活も悪くないと思う。
でも、元日本人の感覚としては非常にルーズに感じてしまうのよ。
特に約束に関してはね。
さすがに今すぐ、日本の鉄道のように秒単位できっちり管理する社会にまで持って行こうとは思わないけど。
「もっと時計が身近になって、時間を意識して生活するようになれば、時間を無駄にしないため、みんな自分の時計が欲しくなると思うんです」
「しかし、あくせくして、毎日が落ち着かなくなりそうですが……」
「確かに、時間を守ると言うことは、時間に縛られてしまう一面もあります。ですが同時に、相手への思いやりでもあると思うんです」
「思いやり……」
私は目を閉じる。
「想像してみて下さい。道行く人達の誰もが懐中時計を持って時間を確認している姿を。『約束まで少し時間があるわね。カフェでお茶でもしていこうかしら』、『おっと、そろそろ次の商談の時間だ。お先に失礼しますよ』と、懐から懐中時計を取り出して、仕事に休息にと、メリハリがある生活をするんです。格好いいですよね? 出来る紳士淑女のマストアイテムだと思いませんか?」
セリオさんがブンブンと首を縦に振っている気配が伝わってくる。
小さな唸り声は、きっとカミロさんね。
「他にも、例えば夜遅く宿に戻った宿泊客が『晩飯をくれ』と無理を言い、宿の主人が『もう竈の火は落とした』と断って、揉めることがあると思うんです。でも、『夕食は十八時まで』と決めておけば、宿の主人は十八時以降ゆっくりと休めます。客も『十八時までに戻れないから、どこかで食っていこう』と、慌てて宿に戻らずとも、酒場などで落ち着いて食事が出来るはずです。そんな日常に溢れていた光景が、きっと大きく変わるに違いありません」
ささやかなことばかりかも知れない。
でも、そんな日々の小さな積み重ねが、時間を守る大切さと相手への思いやりを教えてくれるはず。
「さらに、余所から来た人達が乗合馬車で帰る時も、いつ出発するか分からない、客の集まりが悪くてなかなか出発しない、などと煩わされることもなくなります。『出発までまだ時間があるから、村へのお土産を買っていこう』、『近くの観光名所なら回れそう』と、経済が回り、町が活性化することにも繋がるはずです。懐中時計が、ただ時を刻むだけでなく、その重要な役割を担うことになるんです」
ゆっくりと目を開くと、カミロさんが目を閉じたまま、難しい顔で唸っていた。
でもそれは、それが嫌だと言う顔には見えなかった。
むしろ、自分が作り出した懐中時計が社会に与える影響の大きさ、その秘めたポテンシャルに驚いているみたい。
すでに目を開いていたセリオさんも、鼻息荒く目を輝かせていたから。
やがて唸りを止めて、カミロさんが目を開く。
「ただ単に懐中時計の発祥の地だとか、町中に時計がたくさんあるとかではなく、時間に対する意識、価値、使い方、それを根本から変えて世界に広めていく。それでこそ、世界に名だたる時計の町に相応しいと思いませんか?」
「……時計職人の私達より、お嬢様の方が、よほど時計の価値をご存じのようですな」
苦笑したカミロさんの瞳には、驚きと、呆れと、どこか少年めいた輝きがあった。
だから、期待を込めて微笑みかける。
「もちろん、お二人にとっても悪い話ではないはずです。懐中時計は必ずや世界中で求められます。『懐中時計と言えば領都ゼンバール製』と、『お前のはどこ製だ? 私のは領都ゼンバールのベルトラン工房製だぞ』と、世界にその名を轟かせる。今がその絶好のチャンスなんですから」
「師匠! こんなすごい話、他にないですよ! 年に一個しか作れないようじゃ話にならない!」
セリオさんが今度はカミロさんへ鼻息荒くグイグイ迫っていく。
そんなセリオさんに気圧されて仰け反りながら、カミロさんはまたしても困ったように苦笑を漏らした。
「確かに、とても魅力的なお話です。お嬢様のお話を聞いて、私も『世界に名だたる時計の町』を見てみたくなりました。そして、一職人として、ベルトラン工房の名を世に知らしめてみたい」
良かった、これはいいお返事が貰えそう。
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