247 さらなる精度向上と量産を求めて
「お気に召して戴けたようで、何よりです」
カミロさんの職人としての安堵と満足げな声に、はっとなって顔を上げる。
つい、子供丸出しで夢中になって眺めてしまったわ。
だって、ちゃんと秒針が一定のリズムでカチカチと時を刻んでいるのよ?
しかもこれほどの時計は、文字通り世界初、世界にこれ一つしかないんだから。
それに……時間なんてスマホで確認すれば十分で、腕時計すら使っていなかったけど……やっぱり現代に通じるこの時計の仕様は、どこか郷愁を覚えてしまうから。
「マリーが気に入ってくれたようで良かった」
「はい!」
お父様が優しく微笑んでくれて、私も笑顔が零れてしまう。
「お父様も見てみて下さい。ほら」
「どれどれ」
お父様に手渡すと、ずっしりとした重さに驚いた顔をする。
「いささか重たいが、確かにこれを持ち運べば、いつでもどこでも、たとえ馬車で移動中でも、正確な時間が分かって便利だな」
ためつすがめつして懐中時計を堪能した後、お父様は懐中時計を返してくれる。
そして、カミロさんとセリオさんに頷いた。
「良い品だ。マリーも気に入ったようだし、買い取ろう」
「「ありがとうございます!」」
カミロさんとセリオさん、すごく嬉しそう。
「このような素晴らしい時計作りに関われたこと、職人冥利に尽きます」
「それもこれも、公爵様より画期的なアイデアを戴けたおかげです」
二人とも、まさに職人としての誇りを懸けた大仕事を成し遂げた、そんな顔ね。
お父様を通してベルトラン工房に発注したのが、もう二年以上前のことになる。
開発費としてお父様が援助していたようだけど、それでも時間と資金はすごく掛かったはず。
一応、簡単な構造と完成形のイメージを伝えていたとはいえ、それでも大変だったに違いないわ。
むしろ、たった二年ちょっとでこれだけの品を完成させたなんて驚異的よ。
その労が報われたんだもの、喜びもひとしおでしょうね。
「なに、愛する娘への贈物だ。その程度、どうと言うことはない」
お父様が娘に甘い父親の顔で頷いて、それから表情を改めて公爵の顔になった。
カミロさんとセリオさんもそんなお父様を見て、表情を引き締めて背筋を伸ばす。
「ところで、この懐中時計、量産することは可能か?」
「はい、お時間さえ戴ければ」
「一つ作るのに、また二年掛かるようでは話にならないが」
「それは、構造や材質など、試行錯誤にかけた時間もありますので。全く同じ物でよろしければ、一年も掛からずもう一つお作りすることが可能です」
「ふむ……」
お父様が考え込んで、チラリと目だけで私を見る。
だから、カミロさんとセリオさんに気付かれないよう、小さく首を横に振った。
前世のスイスの高級腕時計職人の話を思い出すと、一つ一つ基板から部品から全てを手作りするならそのくらい掛かってしまうのも無理ないと思う。
特に公爵家に納品する物だから、生半可な品にするわけにはいかないものね。
だけど、用途を考えるとそれでは遅すぎる。
「そこは、カバーはもちろんのこと、歯車やゼンマイ、つまみなど、部品を他の時計工房や鍛冶職人に外注して、生産性を高めることは出来ないか?」
「出来ないことはありませんが……」
カミロさんが渋い顔になる。
「歯車一つ、ゼンマイの巻き方一つでも、こだわり抜いた形状と力加減がありますので……」
セリオさんも不満げな顔で、全てを自分達だけでこだわり抜きたいみたいね。
「では、雇用して職人の数を増やすことは?」
「一から仕込むとなりますと、使い物になるまで果たして何年掛かることか……」
こういう時にこそ、即人材を供給するための職業訓練学校なんだけど、まだ建設途中ではどうしようもないものね……。
「無理を言うつもりも強いるつもりもないが、これだけの品だ。貴族や聖職者達がこぞって欲しがるだろう。我が家としても、娘への贈物の他にも至急数が欲しい」
そう、最低でも一隻につき一個は欲しい。
それなのに、年に一個の生産量ではお話にならないわ。
数を揃えるとなると、技術を公開して、複数の工房に生産を依頼するしかない。
そこが職人として受け入れがたいところかも知れないわね。
「……しばし考えるお時間を戴いてもよろしいでしょうか?」
「構わないが、返答は出来るだけ早く欲しい。必要があれば、ベルトラン工房でも、お前達が信頼出来る時計工房でも、新たな時計工場建設でも、いくらでも投資しよう。金に糸目は付けない」
「はい、ありがとうございます」
決断を後押しするようなお父様の提案に、カミロさんが神妙に頭を下げる。
お父様がそれだけカミロさん達の腕を買っていると言うことは伝わったと思う。
職人の頑固さを発揮して断固拒否、と言う態度ではないから。
それに、これだけの品だもの。
カミロさんもセリオさんも、この一つを作っておしまいにするには惜しいはずよ。
領主であり公爵であるお父様に気に入られて目をかけられるのは、大きなチャンスなんだから。
ここは私も何か言って、決断の後押しをしたいところね。
何か……何か…………そうだ!
「カミロさん、セリオさん」
「はい、なんでしょうかお嬢様」
「お二人ともこの町を、領都ゼンバールを、時計の町にしてみたくありませんか?」
「時計の町、ですか?」
「ええ、世界に名だたる時計の町です」
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