245 束の間の至福の時間
大変長らくお待たせしました、更新再開します。
245話から始まる四十話程度を、毎日投稿する予定です。
2024/07/05に書籍版発売です。
是非、よろしくお願いいたします。
また、カクヨム様でこの作品をフォローして頂いたユーザーには、書籍版の発売当日にカクヨム運営からメールマガジンが送られます。
メールマガジンには書き下ろしSSが掲載されていますので、ご興味のある方はカクヨム様でフォローもよろしくお願いいたします。
◆
私は八歳になった。
「あ~やぁの、んの~たぁた、んぱっ、なぁ、まぁあ~よ」
リビングで、舌っ足らずな可愛い声が、明るく元気よく響く。
「うんうん、そうだね♪」
「んぅぷ~なぁ、し~よぉちゃ~にゃ」
お母様のお膝の上にお座りして、元気に身振り手振りを交えながら、私にいっぱい話しかけてくれるエルヴェ。
「うんうん、エルちゃんはお喋りが上手だね~♪」
「んきゃあ♪」
もうあまりにも可愛すぎて、たまらず抱き締めて頬擦りする。
すると、キャッキャとご機嫌に笑ってくれた。
「本当にもう、エルちゃん可愛い♪ うちの弟は天使! 天使だわ!」
エルヴェも一歳を過ぎて、いっぱいお喋りするようになった。
何を言っているのか、全然分からないけどね。
でも、いっぱい話しかけてくれるのはとっても嬉しい。
私のこと、ちゃんとお姉ちゃんだって分かってくれているかな?
さすがにまだ難しいかな?
寝返りが打てるようになって、はいはいして、よちよち歩くようになって、お喋りもするようになって。
赤ちゃんの成長って、本当にビックリする程早い。
だから、せっかくのそれを、何カ月も王都に行って毎日側で見られなかったのは、すごく残念だ。
しかも、道中で襲われたり、嫌がらせのお茶会に誘われたりしたから、余計にね。
当分、王都行きはなしでお願いしたいわ。
それに、練習船のお披露目が終わったことで、『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』はいよいよ次の段階へ。
本格的に、アグリカ大陸との直通航路開拓へ向けて動き出すことになる。
今はそれに向け、何カ月もの操船訓練で酷使した船体を徹底的にメンテナンスしているところ。
なのでそれが終われば、きっとまたすぐに忙しくなるわ。
だからそれまでの、可愛い弟と心ゆくまでのんびり戯れられるこの至福の時間は、とても貴重で大切な癒やしの時間なのよ。
エルヴェのぷにぷにほっぺを十分に堪能して癒やされた後、次はエルヴェの隣に目を向ける。
「んぷぅ」
「フェルちゃんは、相変わらず大人しいわね」
お母様の隣に座るフルールの、その膝の上にお座りしているのは、フェルナン・ロット。
なんとエルヴェと同じ日に生まれたフルールの息子で、シャゼーリ男爵家の嫡男だ。
青みがかった黒髪と藍色の瞳は、本当にフルールにそっくり。
おかげで、もう一人弟が出来たみたいで、とっても可愛いわ。
ぷにぷにほっぺをつついてみたら、ちょっぴり迷惑そうな顔で私を見る。
こんな風に、愛想はいまいちだけどね。
「大人しくて手が掛からないのは助かっています。ですが、元気でたくさんお喋りするエルヴェ様と比べると大人し過ぎて。ちゃんと上手に言葉を話せるようになるのか、少し心配です」
フルールが困ったように微笑みながら、フェルナンの頭を撫でる。
するとフェルナンは嬉しそうに目を細めて笑った。
そこはやっぱり、お母さんには勝てないか。
でもいつか、エルヴェみたいに懐いて笑顔を見せて欲しいわ。
「何も心配いらないわよ。マリーが赤ちゃんの頃は、元気が良すぎてもっと動き回ってお喋りで、全然落ち着きがなかったでしょう? 女の子なのにこの子大丈夫なのかしら、お転婆にならないかしらと心配だったけど、今ではこんなに立派に育ってくれたもの」
「言われてみれば、そうでしたね」
お母様とフルールの、当時を懐かしむような、妙に納得した視線を向けられてしまう。
なんだか微妙に居心地が悪いわ。
「わ、私って、そんな風だったんですか?」
「ええ」
「はい」
二人同時に頷かれてしまった。
チラッと部屋の隅に控えているエマを振り返ると、エマも本当ですとばかりに頷く。
この三人が言うなら、きっとそうだったんでしょうね。
でもそれって、物心つく前の話よね?
しかも、前世の記憶が甦る前の、悪役令嬢マリエットローズの。
それを私に言われても、ねぇ?
それからお母様とフルールとエマが、赤ちゃんの頃の私はどうだったと、子育て談義で盛り上る。
お母様は当然として、お母様の侍女で親友のフルールはもう一人のお母さんみたいな人だし、私が生まれた時から仕えてくれているお付きメイドのエマもお姉ちゃんみたいな人だ。
そんな三人から、当時はああだったこうだったと聞かされたら、他人事のようで他人事じゃなく、悪役令嬢マリエットローズらしくて納得のようなこそばゆいような、どんな顔をしたらいいのやらよ。
「お嬢様」
赤ちゃんの頃の話が、いつの間にか最近の私の話になってきて、恥ずかしさにそろそろ勘弁してと言いたくなった頃。
まるで助け船のようなタイミングで、リビングの入り口から私を呼ぶ声が聞こえてきた。
執事のセバスチャンだ。
五十も半ばに差し掛かりながら、なお元気で、気持ち的にはむしろ若返っているんじゃないかしら、と言うくらいに、今日もダンディなおじさまっぷりが眼福だわ。
「旦那様がお呼びです。応接室へお越しください」
「お父様が、執務室ではなく応接室に? お客様かしら?」
「なんでも、時計職人がご注文の品を届けに参ったと」
「!? それって……!」
もしかして、遂に完成したのね!?
「すぐに行くわ! ありがとうセバスチャン!」
セバスチャンにお礼を言ってから、振り返ってエルヴェの頬にキスをする。
「それじゃあお姉ちゃんお仕事だから、行ってくるね」
「んま~ぁ♪」
「頑張ってね、マリー」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「うん、行って来ます、お母様、フルール、フェルちゃん」
みんなに手を振って、エマと一緒にリビングを出ると急ぎ応接室へと向かう。
これは、にわかに忙しくなってきたわね!
いつも読んで頂き、また評価、感想、いいねを頂きありがとうございます。
励みになりますので、よろしければブックマーク、評価、感想、いいねなど、よろしくお願いいたします。




