238 王家との謁見
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数日後、リシャールとマリアンローズの二人は謁見を許され、王宮を訪れていた。
マリエットローズは、第一王子レオナードへ面会を申請するも多忙を理由に受理されなかったため、同行していない。
謁見は型通りの挨拶の後、すぐに場所を応接室へと移された。
王妃シャルロットの食い入るような熱い眼差しが、片時も逸らされることなくマリアンローズの顔に、つまりは血色が良く化粧ノリも良い、輝かんばかりの艶やかな肌に注がれていることから、場所を変えた理由は明白である。
しかし、それと気付きながらリシャールはすぐにはその話題に入らなかった。
前置きの雑談に乗じて、自身の本題を切り出す。
「まず、第一王子殿下の誕生日パーティーに欠席となりましたこと、改めてお詫び申し上げます」
それは、国王ジョセフとしてはいつまでも引きずりたくない話題だった。
しかしゼンボルグ公爵家は、手紙で済ませるだけでなく直接謝罪をする必要があるため、嫌でも流すわけにはいかない話題である。
内心で苦い物を感じながらも、ジョセフは鷹揚に頷いた。
「何やらトラブルに巻き込まれたようだが、無事で何よりだ」
これで、王家としては謝罪を受け取り、無事を喜んだことで王家主催のパーティーを欠席した無礼を許した形になる。
よって謝罪は終わり、双方、これでこの話題は終わらせて良かった。
しかし、リシャールはそれだけでは終わらせない。
「お聞き及びとは思いますが、襲撃犯は山賊と見せかけた、雇い入れた百を越える傭兵と裏社会の組織の者達でした。もっとも、その程度の寄せ集めでは、我がゼンボルグ公爵家が誇る騎士達の守りを突破するなど不可能ですが」
ジョセフとシャルロットは表情こそ出さなかったが、内心で苦虫を噛み潰す。
当然、情報はすでに集められるだけ集めてあった。
襲撃犯を雇い入れた黒幕の予想も付いている。
だから敢えて『何やらトラブル』とぼかし、すぐに話を切り上げようとしたのに、『賊の襲撃』と断言されてしまっては、流すわけにはいかなくなってしまった。
「そうか。その数の襲撃者をものともせんとは、さすがはゼンボルグ公爵家。誠、優れた者達のようだ。しっかりと労を労ってやると良い」
「陛下のお言葉、騎士達も喜びましょう」
ジョセフは話を逸らしたが、リシャールはそれを許さない。
「しかし、公爵家と知りながら、賊を雇い入れて襲撃するような者がこの王国にいる。これは陛下の治世を乱す蛮行です。放置しては王家の威信に傷が付くこと間違いありません」
「公爵、言葉が過ぎますよ」
「臣が忠を尽くさずとも、聡明なる王家の方々であればすでにお気づきのことを、クドクドと言葉を重ねた愚をお許しを」
シャルロットのわざとひそめられた眉に、リシャールは慇懃に無礼を詫びる。
これまでのリシャールであればここで口を閉じていた。
王家との確執を広げ、ゼンボルグ公爵領への不利益を被る真似を避けるためだ。
しかし今回に限り言い回しを変えるだけで、口は閉じない。
愛娘の命を危険に晒されて、ただで済ませるつもりなど毛頭ないのだから。
「それにしても、王家主催のパーティーに、しかも次期王太子と目される第一王子殿下を祝わんと馳せ参じた忠義の臣の道行きを妨げるとは、その者達は全く不忠の輩と言えるでしょう」
やはりかと、リシャールの狙いを理解して、ジョセフは内心苛立ちを覚える。
シャルロットも、いつまでも本題の美容の魔道具を持ち出さないことに、苛立ちを覚えると同時にその意図を理解していた。
先にマリエットローズがレオナードに宛てた、謝罪と礼の手紙にそれとなく紛れ込まされていた含みが、今日の布石だったと知る。
「もし、そのような輩がいるのであれば、由々しきことだな」
腹立たしさを感じながらも、ジョセフは遠回しに王家としても何かしらの調査や対策を取ることを考えようと、空手形を切る。
しかしリシャールは、空手形だけで許すつもりはなかった。
「調査の結果、その雇われた傭兵と裏社会の組織の者達は、モーペリエン侯爵派のルシヨ子爵領とロデーズ伯爵領より雇われた者達でした」
「っ……!」
「……賊達の撹乱ではないのか?」
シャルロットがわずかに息を呑み、ジョセフは発言を撤回させようと試みる。
しかしリシャールは一歩も引かない。
「ロット子爵領で事に及んだのも、理解出来る話です。ロット子爵も身の潔白を証明せんと捜査に当たったおかげで、かなりの精度で情報を集められたのは僥倖でした」
マリアンローズは夫に場を譲り控えているが、その眼差しはどこまでも冷たかった。
シャルロットがそのマリアンローズの眼差しを真正面から向けられて、チラリとジョセフへと目を向ける。
何かしら王家から譲歩がなければ、美容の魔道具を持ち出さずこのまま席を立ち帰るだろう。
それはすなわち、王家を見限ると言うこと。
含みが現実になりかねない危険な事態だった。
ジョセフもシャルロットも、ここにきて、リシャールとマリアンローズの親バカが、ただの親バカでは収まらないことを知る。
「……そのような輩を野放しにしてはおられんな。街道警備の強化を伝えよう。もし誠に不忠の者がいるのであれば、制裁もやむなしだ」
「心強いお言葉です、陛下」
ジョセフが行うのは、街道警備と称して、少数の騎士達に街道を往復させるだけだ。
ルシヨ子爵家とロデーズ伯爵家の調査を行うのではなく、ましてやモーペリエン侯爵を捕縛するような真似もしない。
要は、やり過ぎるなと警告するに過ぎないのだ。
これは、レオナードの婚約者候補の令嬢がいる大貴族、モーペリエン侯爵家への配慮である。
つまり、事実上、事態は何も解決しない。
リシャールも本音では不満であり、処罰まで求めたかった。
しかし、王家が何かしらの形で動き、やり過ぎなければ報復を黙認すると言うところまで譲歩させたことで、よしとして引き下がる。
これ以上は王家との確執を大きくし、ゼンボルグ公爵領への報復を呼び込みかねないからだ。
それでも、対外的には王家がゼンボルグ公爵家へ配慮し、モーペリエン侯爵家に釘を刺したことになる。
つまり、これから行うモーペリエン侯爵家への報復に際し、モーペリエン侯爵家がさらなる報復に出る時に、事態をエスカレートさせない抑止力となるだろう。
モーペリエン侯爵も王家の不興を買い、娘をレオナードの婚約者候補から外されたくはないはずだ。
それはすなわち、愛娘マリエットローズの安全に繋がるのである。
だから、王家から引き出せる譲歩としては、そこで満足しておくことにする。
それを察し、空気を変えるため、ジョセフは紅茶を淹れ直させた。
場を仕切り直し、ジョセフとシャルロットはようやく肩から力を抜く。
しかしその安堵はまだ早かった。
マリアンローズが柔らかな微笑みを浮かべる。
「本日は、王妃殿下に是非と思い、我がゼンボルグ公爵領謹製、ブルーローズ商会ブランドの美容の魔道具第一弾をお届けに参りましたの」
シャルロットはやっと本題かと身を乗り出しかけ、頬を引きつらせた。
目に冷たい光を湛えたまま自分を見据えるマリアンローズの、言外の言葉に気付いたからだ。
今回は第一弾。
つまり第二弾以降が存在する。
その第二弾以降も欲しければ、先程の約束を必ずや履行するように。
そう、脅しにも等しい念押しだった。
愛娘のためなら王家を向こうにも回す。
それは何もリシャールだけではない。
社交界の頂点に立つ王妃の美容を握る、つまりは王家と王妃の力と権威を左右しかねない力を自分は握っているのだぞと言う、母として、女として、リシャール以上に苛烈な脅迫だった。
マリアンローズによって懇切丁寧に使い方と注意点、効果について説明された後。
最新の美容の魔道具であるスチーム美顔器、それも王家専用の特別仕様である高級モデルは、無事シャルロットへと献上された。
しかし、その日の謁見は、終始ゼンボルグ公爵家が主導権を握り続けたのだった。
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