230 覚悟を決める朝
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「おはようございます、お嬢様」
「お嬢様、ご気分はいかがですか?」
「うん、おはようエマ、アラベル。大分落ち着いたわ」
今朝は、エマだけではなく、アラベルまで一緒に起こしに来てくれた。
昨日、いっぱい心配をかけてしまったものね。
「本日はどうなさいますか? 昨日の今日ですし、旦那様と奥様からはゆっくり休んでいて良いと伺っていますが」
「ううん、ちゃんと起きるわ。お父様とお母様から話を聞かないと」
二人が心配してくれているのは分かるけど、このまま何も知らないままでいる方が不安だわ。
アラベルがベッドの脇まで来ると、身を起こした私の顔を覗き込んでくる。
「随分顔色も良くなられたようです。安心しました」
「ええ、もう平気よ」
大丈夫だって分かって貰えるようベッドから勢いよく降りて、自分の足でしっかりと立つ。
それから背伸びをして、逆にアラベルの顔を覗き込んだ。
「アラベルこそ大丈夫? まだ傷が痛むでしょう?」
「この程度、なんてことはありません。ほらこの通り――」
「駄目よアラベル! 分かったから! 腕を振り回したら駄目!」
まったくもう……。
守られた私が責任を感じないように、そして心配をかけないように。
そういうつもりだったのでしょうけど。
まだ包帯を巻いている腕を振り回すなんて、傷口が開いたらどうするのよ。
「エマ、アラベルが無理をしないように、目を光らせていて」
「はい、お嬢様」
エマが神妙に頷いてくれる。
変な顔をしても駄目よアラベル。
今のは自業自得でしょう。
「さて、じゃあエマ、着替えをお願い」
「畏まりました」
昨日はそのままロット子爵領の領都の宿に泊まることになった。
お父様は夜遅くになってからようやくロット子爵家から帰ってきて、お母様を始め、お父様の侍従や隊長クラスの騎士など主立った者達だけを集めて、状況説明を行ったみたい。
みたい、と言うのは、私はその場に呼ばれなかったから。
エマやアラベルと一緒に部屋でゆっくり休んでいなさい、説明は明日するから、と。
気を遣われたのね。
動揺して妙に口数が増えたり、泣いたり、間違った方向に決意を固めようとしたりと、我ながら情緒が安定していなかったから、それも仕方ないわ。
だから昨日は言われたとおり部屋で大人しくして、早々に寝たの。
そうして一晩眠って、今朝はスッキリ……とまではいかなかったけど。
それでも少しは普段通り、冷静に考えられるようになったと思う。
「今、同行した騎士達が大勢動いています。今回の件に関し、きっと何かしらの手がかりが見つかるでしょう」
エマに着替えを手伝って貰っている間、アラベルが少しでも私が安心出来るようにと声をかけてくれる。
「恐ろしいのは、相手が誰か、何をされるか分からないからです。ですが、敵の正体を突き止め、その目的を読み、対策を立てれば、どのような事態になっても恐れることはありません」
「そう、ね……分からないから怖い、その通りだわ」
今し方、何も知らないままでいる方が不安だと思ったように。
目の前で振るわれる直接的な暴力や、向けられる悪意や害意だけじゃない。
相手が誰で何をしてくるのか、どんな目に遭わされるのか。
それが分からないから、余計に怖く感じてしまうのよ。
まだ幼く抗う力がないから、なおさらね。
「はい、なのでご安心を。わたし達騎士が敵の正体と目的を必ずや突き止めてみせます。そして何があっても今回同様、指一本触れさせることなく、お嬢様を守り通してみせます」
「ありがとうアラベル、とても心強いわ」
そうね、アラベルを、騎士達を信じよう。
敵の正体と目論見を見破り、必ず守り通してくれるって。
うん、元気が出てきたわ。
微笑むと、ようやく少しは安心してくれたのか、エマとアラベルがほっとしたように微笑んでくれた。
それから朝食後。
「無理はしなくてもいいのよ? マリーが知るにはまだ早い話だもの。あなたはまだ子供でいていいの」
「大丈夫ですお母様。だってこれが貴族社会で生きると言うことなんですよね?」
「マリーったら……」
お母様が心配そうに、私を抱き締める。
だから私もお母様を抱き締め返す。
心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり、何も知らずにただ守られるだけのお嬢様ではいられないわ。
……本当は怖いし、出来れば聞きたくないし関わりたくもない。
悪意が届かない、どこか遠くで何も知らずに平和に暮らせたら……そう思うもの。
でも、一晩経って、少しは冷静になれて思ったの。
きっと今回の山賊の襲撃は、私がこれまでしてきたことが関わっている。
魔道具か、インフラ整備か、特産品の新たな流通網か。
どれが原因か分からないし、直接どうこうではなく巡り巡ってかも知れない。
そうでなければ、理由もなくこんな風に襲われるなんてこと考えられないもの。
つまり原因を作ったのは私かも知れないと言うこと。
そう、始めたのは私なのよ。
それなのに、何も知らないままではいられないし、今更全てを投げ出して、無責任に逃げ出すわけにはいかないわ。
だって私が逃げたら、断罪と破滅から誰がお父様とお母様を守ってくれると言うの?
その未来から二人を守れるのは、娘の私しかいないんだから。
そしてそんな私を、アラベル達がきっと守ってくれる。
だったら、アラベル達を信じるのなら、いつまでも臆して震えてなんていられないわ。
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