198 リチィレーン侯爵令嬢クリスティーヌは思う
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「ゼンボルグ公爵家のマリエットローズ様からお茶会のお誘い?」
唐突にお部屋を訪ねてきたお父様に、ついわたくしはオウム返しで聞いてしまった。
それも渋い顔で。
淑女らしからぬ態度だったかも知れないけど、それも仕方ないと思うわ。
だって、マリエットローズ様はわたくしと同い年でもう七歳になる。
それだと言うのに、一度もお茶会を開いたこともなければ、誰かのお茶会に参加したこともないのだから。
わたくしは、四歳になってすぐお茶会を開いたわ。
そしてそれ以降も、たびたびお茶会を開いているもの。
きっとマリエットローズ様は公爵家のお嬢様だからって我が侭放題育てられて、貴族の淑女としてのマナーも何もあったものじゃなかったんじゃないかしら。
お母様も、きっとそうだって言っていたもの。
それで七歳にしてようやく人前に出られるだけのマナーを身に着けられたから、やっとお茶会を開けるようになったのでしょうね。
でも多分、そのマナーもギリギリもギリギリのはず。
間違いなく、見苦しいに決まっているわ。
そんな我が侭お嬢様のお相手だなんて。
きっとイライラされっぱなしで、うんざりさせられるのは明らかよ。
そんなお茶会に、確かに公爵家に比べれば家格は落ちるけど、リチィレーン侯爵家のこのわたくし、クリスティーヌ・アントワーヌに参加しろと?
「お父様は、ゼンボルグ公爵家とは距離を置きたいって言っていませんでした?」
途端にお父様がギョッとした顔をする。
だってわたくし、お父様とお母様がそう話していたのを聞いたもの。
「これからは中央と仲良くするのが良いのですよね? お隣のエセールーズ侯爵でしたっけ?」
「なっ……聞いていたのか!?」
「はい」
聞いていたも何も、わたくしの目の前で堂々と話していたじゃない。
「ゼンボルグ公爵家はもう駄目で、賢雅会に潰されるのでしょう? だったら、こんなお茶会、断ってしまえばいいのではないですか?」
途端にお父様が慌てふためく。
「状況が変わったんだ。賢雅会と揉めたらしいが、潰されるどころか、次々に新しい魔道具を開発して、さらにそれを生かした新しい事業まで始めている」
ブルーローズ商会がゼンボルグ公爵家の商会だったことは、さすがに今ではちゃんと知っている。
だって、斬新で素晴らしいデザインの魔道具を次々と売り出しているのだもの。
注目して、情報を集めるのは当然でしょう?
おかげで新作が出るたびに刺激される毎日よ。
わたくしの、わたくしによる、わたくしのためだけの理想の魔道具のデザイン画が、果たして何百枚になったことか。
ブルーローズ商会が潰されそうにないことは、わたくしにとって朗報だわ。
でも、それはそれ。
「ゼンボルグ公爵家とは距離を置くのは一旦保留だ。むしろ、ゼンボルグ公爵家の様子を探ってきなさい」
「はあ……」
「いいかクリス。くれぐれも、くれぐれも公爵閣下やマリエットローズ様達の前でそんな話はするんじゃないぞ?」
怖い顔で注意されるけど、元はと言えばお父様とお母様が言っていたことなのに。
それでわたくしが叱られるなんて、理不尽じゃないかしら。
「そ、そんな顔をするんじゃない。と、ともかく、私は『ゼンボルグ公爵家とは距離を取る』とも『中央の貴族との仲を深める』とも言っていない。いいな?」
「……はい、分かりましたわ」
怖い顔をして念押ししてくるなんて。
大人って、本当に勝手よね。
「そういうわけだ。お前はお茶会に参加して、マリエットローズ様と一応仲良くしておきなさい」
ろくにマナーもなっていない傲慢で我が侭放題のお嬢様に下手に出て、おだてて持ち上げて、いい顔をしろって言うの?
「これはリチィレーン侯爵家の今後の立ち位置を見極める大事なお茶会になるんだ。分かったな?」
「……はい」
お父様に怖い顔で命じられては、そう頷くしかなかった。
なんだか面白くないわ。
ビシッとまとめて綺麗に整えた髪。
うっすらと施したお化粧。
今日のために仕立てた真新しいドレス。
同じく、今日のために新しく買ったアクセサリー。
磨き上げられたわたくしは、自分でも惚れ惚れして溜息が漏れてしまうくらい、とっても綺麗だった。
でも、お母様や侍女達と一緒に馬車で揺られる気分は、いまいち浮かない。
「マリアンローズも、美しい、才女だと噂されているけれど、愛娘の躾けは下手だったようね」
お母様の公爵夫人を蔑むお喋りがずっと止まらない。
「高い報酬を払って一流の家庭教師を早々に付けながら、数年と経たずに家庭教師達は全員辞めてしまったそうよ。母親に似ず、よほど出来が悪かったのでしょうね。公爵ご自身も凡庸なお方だし、マリアンローズは私と違って夫にも娘にも恵まれなかったようね、おほほほほ」
そんなお母様のご機嫌な高笑いを聞きながら、思わず溜息が漏れてしまう。
昔から、お母様は公爵夫人に何か思うところがあるみたいだけど、そんなことはわたくしには関係ないから別にいいわ。
それより何より、そんな不出来な子のご機嫌を伺わないといけないなんて。
想像しただけでうんざりよ。
やがて見えてきたかつての王都で今は領都。
その防壁がぐるりと取り囲む大きな丘……もう山って言っていいくらい大きな丘の上に、驚くくらい大きな防壁が取り囲んでいる敷地が見えた。
さすが、元王家の公爵家だけはあるわ。
さすがのリチィレーン侯爵家も足下にも及ばない程に大きい。
でも、公爵家が大きければ大きいほど、マリエットローズ様への不安も大きくなってくる。
あ~あ……今すぐ回れ右して帰ったら駄目かしら。
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