177 レオナードの意識改革
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「マリエットローズ嬢……すごかったな……」
マリエットローズ嬢を招待した今日の出来事を思い返すたび、感嘆の溜息が漏れる。
初めて会ったのは、ヴァンブルグ帝国大使館でのパーティーで、想像以上に綺麗な子だったことに驚いた。
魔道具を作れないらしいのは、少し残念だったけど。
同年代の他の子達よりすごく話しやすくて、その時は少ししか話が出来なかったから、もっと話をしてみたいと思ったんだ。
だから、今日はいっぱい話が出来て楽しかった。
だって大人の魔道具師に聞くよりすごく分かりやすくて、ためになったから。
マリエットローズ嬢が魔道具の勉強を続けたら、いつか魔道具を作れるようになるんじゃないかな。
でも、本当に驚いたのはそこじゃない。
僕も周りの人達から、頭がいい、天才だって褒められている。
だけど、マリエットローズ嬢こそ本物の天才だと思った。
家庭教師のセボレ子爵が言っていた、『たった五歳で、座学に関しては貴族学院高等部の卒業資格を取得してしまった』、『千年に一人いるかどうかの天才』と言う話は本当かも知れない。
そして僕は、自分が少し恥ずかしくなった。
そう感じた切っ掛けは、僕がヴァンブルグ帝国大使館のパーティーで、オルレアーナ王国が田舎だと馬鹿にされたことを話したことだ。
マリエットローズ嬢は優しくて、僕を慰めてくれた。
でも、マリエットローズ嬢こそ、僕以上に傷ついて悔しい思いをしてきたんだ。
お爺様が何故あそこまで、ゼンボルグ公爵家を、ゼンボルグ公爵領を、貧乏だ田舎だと馬鹿にするのか分からない。
他の人達もだ。
特に侍従のブリアックの態度は、馬鹿にしていいから馬鹿にしている、馬鹿にするために馬鹿にする、そうとしか見えなかった。
その話を切っ掛けにして始まった、マリエットローズ嬢とお爺様の意見の応酬。
僕にはすぐに理解出来ないくらい難しい話や考えもあって、理解しようと頑張って考え込む必要があるものも多かった。
でも、マリエットローズ嬢は僕と同い年で、お爺様と対等に話を出来るくらい、そんな難しいことを理解していた。
自分の意見を述べられるくらい、自分の中に芯があったんだ。
そして最後には、お爺様を言い負かしてしまった。
信じられなかった。
すごく格好良かった。
でもそれだけじゃない。
僕はマリエットローズ嬢が言っていることの方が、お爺様が言っていることより正しいって思ったんだ。
しかも、ブリアックが失礼な態度を取った時は、凛とした気品溢れる姿で、無礼を厳しく叱責した。
本当は僕がしなくちゃいけなかったことだと教えられて、なるほどと納得したし、そんなことも分かっていなかったことが恥ずかしかった。
おかげで少し空気が重くなってしまったけど……。
その後のマリエットローズ嬢の、弟が大好きだって話は、それまでとはまた別の意味ですごかった。
それまでとはまるで別人みたいに、デレッとだらしない顔になって、弟が、弟が、弟がって、口を開けば弟の話ばかり。
マリエットローズ嬢が、弟が大好きだってことは、感心を通り越して呆れるくらい伝わってきたよ。
でも僕は、そこまで語れるほど、シャルルのことを知らない。
会いに行ったこともない。
「……会いに行ってみようかな」
そんなに可愛いのなら、一度ちゃんとシャルルのことを見てみるべきだよね。
マリエットローズ嬢も、自分で考えて、行動して、確かめることが大事だって言ってたし。
僕は早速、普段シャルルが世話をされている部屋へ行ってみる。
「まあ、これはこれはレオナード殿下。どうかなさいましたか?」
シャルルのお世話係のメイドが、驚いたように迎えてくれる。
「うん、シャルルに会いに来たんだ。シャルル、いる?」
「はい、いらっしゃいますよ」
メイドに案内されて奥の部屋へ行くと、ベビーベッドにシャルルが寝ていた。
「ちっちゃい……」
初めてよく見たけど、本当に赤ちゃんってちっちゃい。
顔も身体も、目も口も手も、どこもかしこも全部ちっちゃい。
僕と同じ色の金髪で、瞳も同じ綺麗な海色だ。
父上と母上、どっちに似ているかはよく分からないけど……。
「わぁ……本当にぷにぷにだ」
ほっぺたを恐る恐る触ってみると、すべすべで柔らかくてずっと触っていたくなる。
「あぷぅ」
何を言ったのか、何を言いたいのか分からない。
分からないけど、シャルルがその小さな手で、僕の指を握った。
「ちっちゃい……」
本当にちっちゃい。
でも、少し熱いくらいに温かい。
「えっと……シャルル……僕、お兄ちゃん、だよ? 分かるかな?」
「んまぁ♪」
何を言ったのか分からない、分からないけど……笑った!
なんだろう、シャルルの楽しそうな顔を見ていたら、胸の奥の方が温かく、不思議な気持ちになっていく。
「あぅ、まうぅ♪」
楽しそうにちっちゃな手で僕の指を握って笑う。
何を言っているか分からないけど、僕に話しかけてくる。
「……可愛い……!」
マリエットローズ嬢が言っていた気持ちが、少し分かった気がする。
なんだか弟って、すごく可愛い!
「ねえ?」
お世話係のメイドを振り返る。
「はい、どうかなさいましたか殿下?」
「またシャルルに会いに来ていいかな?」
「え? ええ、それはもちろん」
これまで全然考えたこともなかったけど、またシャルルに会いに来よう。
「シャルル、また会いに来るね」
「あぅ、んまぁ♪」
僕の言ったこと、分かったのかな?
多分、分かってないよね。
でも、それでもいいよ。
だって僕はシャルルのお兄ちゃんなんだから。
自分の部屋へ戻って、ソファーに座る。
「すごいなぁ、マリエットローズ嬢は……」
改めて、感嘆の溜息が漏れる。
……また話をしたいな。
その時は、ゼンボルグ嬢じゃなくて、名前のマリエットローズ嬢って呼びたい。
それで僕のことも、レオナードって名前で呼んで欲しい。
「茶葉、喜んでくれたかな?」
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