170 レオナード殿下との交流 3
「あ……ご免なさいゼンボルグ嬢、ちょっと思い出してしまって」
「何か気に掛かることでもありましたか?」
「それは……」
レオナード殿下は何やら言いにくそうに視線を逸らしてしまう。
先王殿下も口は挟まないけど訝しそうだ。
「言いにくいことでしたら無理には聞きませんが、誰かに話せばスッキリするかも知れませんし、私で良ければお話くらい聞きますよ?」
レオナード殿下は少し迷うように視線を彷徨わせた後、あからさまに落ち込んだように肩を落とした。
「今のヴァンブルグ帝国の話から……先日のヴァンブルグ帝国大使館のパーティーで言われたことを思い出してしまって……」
「誰に何を言われたのですか?」
「ヴァンブルグ帝国貴族の子供達から……オルレアーナ王国は田舎だって」
「まあ……そんなことが」
貴族の子供が他国へやってきて、その国の王子に対しその国を田舎だと馬鹿にする。
その信じられない真似に驚くと同時に思ってしまった。
これはチャンスでは!? と。
レオナード殿下はそれがよほどショックだったのか、真剣に落ち込んでいる。
とにかく詳しく聞いてみないと。
「第一王子殿下、どうしてそのようなお話に?」
「それは……」
◆◆
それは、皇族の方々と主立った貴族達との挨拶を済ませた後。
お爺様とお婆様に、次は大人を抜きで子供同士で交流をしてきなさいと言われて、別行動を取った後のことだった。
『オルレアーナ王国を見て、どうでしたか?』
所々発音が怪しいし、たどたどしくなってしまうけど、せっかくの交流の場だから、僕はヴァンブルグ帝国貴族の子供達に積極的に話しかけたんだ。
だって、大人はともかく、彼らはオルレアーナ王国語をほとんど話せなかったから。
『思ったより大きな町で驚きました』
『あ、それボクも思った。もっと小さくてゴミゴミした町を想像してたから』
それを聞いて思ったんだ『これは好意的な意見……なのかな?』って。
『町の中央を流れる川は大きくて、船も多かったわね』
『ええ、もっと小舟ばかりかと思っていたら、ちゃんと大きな船もあったわね』
彼ら、彼女らが、一応褒めてくれているつもりなのは、なんとなく伝わってきた。
でもそれは、彼ら、彼女らの想像していたこの国の王都が、もっとみすぼらしいものだと思っていたからなんじゃないかって、ふとそう思ったんだ。
『オルレアーナ王国は、ヴァンブルグ帝国に引けを取らない大国ですからね。当然、王都だってそれに相応しいくらい栄えていますよ』
だから僕は、もっといい印象を持って欲しくてそう言ったんだ。
そうしたら……。
『でも、帝都に比べて、他国の珍しい物が少なかったわね』
『あ、それボクも思った。うちの領地より少なかったよ』
『しかも高いわ』
『そう思って比べると、ヴァンブルグ帝国の方が栄えているかな』
……出てくる言葉は、どれも否定的な意見ばかりだった。
そんなことはない。
オルレアーナ王国はヴァンブルグ帝国にも負けていない。
そう分かって貰おうと、オルレアーナ王国のいいところを挙げようとしたとき、言われたんだ。
『だってほら、オルレアーナ王国は帝国より田舎だから仕方ないよね』
『そうね』
『そうだった』
『うん、それは仕方ないよ』
僕はそれを聞いてショックだった。
オルレアーナ王国を田舎だなんて言われたことは一度もなかったから。
『そ、そんなことはないですよ。オルレアーナ王国が田舎だなんて』
僕は必至に否定したけど、誰もまともに受け取ってくれなかった。
困ったように顔を見合わせた彼ら、彼女らは、それから当然のように言ったんだ。
『だってオルレアーナ王国は大陸の一番端っこの国ですよね?』
『その点、帝国はあちこちの国から色んな物が入ってきて栄えているから』
『オルレアーナ王国って、何をするにも帝国を通らないといけないんでしょう?』
『それってやっぱり田舎だからじゃない?』
もう僕は何も言えなかった。
◆
「きっと何を言っても、彼ら、彼女らの中では、オルレアーナ王国は田舎の国だって決めつけられていて、それ以外の言葉なんて届かないんだって分かったから」
レオナード殿下は悔しそうに膝の上で拳を握り締める。
俯いた顔は、本当に、心から悔しそうだ。
「……そうでしたか、そのようなことが」
その話を聞いて、私は同情しきれなかった。
でも、その悔しさは共感出来る。
「第一王子殿下の悔しいお気持ちは、私もよく分かります」
つい、しみじみと頷いてしまった。
「ゼンボルグ嬢、分かってくれるの!?」
共感を得られたことに驚いたのか、嬉しかったのか、俯かせていた顔をぱっと上げるレオナード殿下。
そんなレオナード殿下に、微笑みを返すけど、多分上手に笑えていないと思う。
「だって、ゼンボルグ公爵領も、貧乏だ田舎だと、散々言われてきていますから。だからそのお気持ちは、すごくよく分かります」
「……ぁ」
レオナード殿下の顔が、ばつが悪そうにくしゃりと歪んで、申し訳なさそうに俯いてしまう。
こんな子供相手に、ちょっと大人げなかったかなと思わないでもないけど……。
結局、言っていることは同じだ。
オルレアーナ王国内で見れば、ゼンボルグ公爵領は西の果ての田舎扱い。
国を出て、大陸規模で見れば、オルレアーナ王国は西の果ての田舎扱い。
ただそれだけのことに過ぎない。
七歳の子供に言うことでも、期待をかけて背負わせることでもないと思うけど……。
王家の、将来の王太子の言葉なら影響は大きい。
大人になってから考えを変えるのは難しいけど、子供の今なら柔軟だ。
ここを起点に、いつかレオナード殿下の言葉で、ゼンボルグ公爵領への印象や扱いが変わっていってくれたなら。
そう思わずにはいられない。
レオナード殿下は申し訳なさそうな、そしてまだ悔しそうな、複雑な顔で俯いたままだ。
ふと、不機嫌な気配を感じる。
そちらに目を向けると、先王殿下が不愉快そうに眉をひそめて私を見ていた。
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