169 レオナード殿下との交流 2
それから。
「最近は寒さが増してきて、温かい紅茶が一層美味しいですね」
「ジンジャーティーもよく身体が温まりますよ。僕もよく飲みます」
「生姜と言えば、胡椒と同じくらい高価で貴重な生薬でスパイスですね」
「さすが、よくご存じですね。生姜をオルレアーナ王国で栽培するには気候が合わず、輸入に頼るしかないので、他のスパイス同様、高価になってしまうそうですよ」
「まあ、第一王子殿下は博識でいらっしゃるのね」
「い、いやあ、それほどでも」
とか。
「雪が降り積もって白く染まった王都の景色は綺麗でしたよ」
「僕も公務のため馬車で移動するときに眺めたことがありますが、晴れた日に日の光を反射して白く輝く町並は、他の季節にはない静かな美しさがあると思います」
「静かな美しさ、ですか。第一王子殿下は詩人でいらっしゃるのね」
「い、いやあ、そんな格好いいものではないですよ」
とか。
他愛のない話を前置きにして、親睦を深めていく。
お互い、まだ十分に人となりを理解しているとは言えないから、こういう雑談でお互いの距離感を図っていくのね。
私の場合は、レオナード殿下の将来の姿、王太子レオナードの人となりを知っているから多少はマシだけど、レオナード殿下は私のことは何も知らないもの。
だから実は、もっとお互いに距離感を探り合いながらの、たどたどしい会話になるかと思っていたの。
でも、意外と話が弾んで、気まずさを感じることが一切ない。
これは、レオナード殿下の素直な性格のおかげかも知れないわね。
おかげで、ゲームだけでは分からなかったレオナード殿下の色々な考えや好みを知ることが出来て、思っていた以上に仲良くなれた気がするわ。
もちろん仲良くと言っても、お母様が期待しているような意味ではなくて、子供同士、お友達としてだけどね。
そうしてほどよく前置きの雑談が進んで、お互いの人となりが多少なりとも把握出来てきたところで、本題へ入るための手順を踏む話題に入る。
「でも、こうして暖かい応接室の中にいると、今が冬だと言うことを忘れそうです」
「それもこれも、ゼンボルグ公爵領製の空調機のおかげですよ。ほら、あそこに」
「まあ、やっぱり。実はそうではないかと思って、部屋に入ってきたときからずっと気になっていたんです」
「他にも、冷蔵庫があそこに。冬だと冷蔵庫の出番は少ないですけど、きっと次の夏は大活躍間違いなしです」
「ふふ、ゼンボルグ公爵領製の魔道具が皆様のお役に立てているようで、嬉しく思います」
上手く魔道具の話題が出たところで、ようやく本日の本題だ。
「そう言えば、第一王子殿下は、魔道具について興味がおありでしたね」
「はい、ゼンボルグ公爵領製の魔道具を間近で見て使ってきた、そして実際にあの天才と謳われるバロー卿から教えて貰ったというゼンボルグ嬢から、直接お話を聞いてみたかったんです」
「分かりました。私が知っていてお話出来ることでしたら」
にっこり微笑んで快諾すると、レオナード殿下もにっこり嬉しそうに笑う。
ここまで、レオナード殿下との会話は非常に順調だ。
順調すぎると言ってもいい。
だから余計に気になってしまうの。
ここまで先王殿下は一度も口を挟まず、静かなままなことが。
さすがに子供同士が話をする場なのだから、いちいち会話に交ざって邪魔をする程大人げない真似はしない、と言うことかしら。
本来ならそのくらいの監視役は、侍従に任せておけばいいと思うのだけど。
もしかしたら、王妃殿下がお父様かお母様のどちらかを分断出来なかった時のための保険だったのかしらね。
ともあれ、ここからは話す内容に注意が必要だわ。
曖昧な態度や誤魔化しはそれと見破られる可能性があるから、慎重に。
「ではまず、魔道具の構造からご説明しましょうか」
「魔道具の構造ですか?」
レオナード殿下が目を輝かせて、わずかに身を乗り出してくる。
こういうところに興味津々なのは、やっぱり男の子だからかしら。
なんだか可愛いわ。
「はい。魔道具は、構造的に三つのパーツに分けられるんですよ」
「三つのパーツですか。それはどんな物なんですか?」
「一つ目は、魔道具を動かすためのエネルギー源になる魔石。二つ目は、魔石からエネルギーを引き出し、魔法みたいな現象を起こすための魔法陣。三つ目は、用途に合わせた外観となる本体です」
オーバン先生の説明は、有り体に言えば難しかった。
魔道具師とは、つまり魔道具を製作する職人のことだから、他の職人同様、基本的にオタクな人種であるわけよ。
だから一度話し始めると止まらないし、専門用語や難解な説明も平気でするわけね。
私だから良かったものの、そうでなかったら、まず普通の子供ではすぐに理解するのはかなり難しいと思うわ。
だから、子供らしく解釈して理解しましたと言う体で、子供でも分かるように、簡単な言葉に置き換えながら説明していく。
「ふむふむ、なるほど。では、そうなるとそれは――」
レオナード殿下は百年に一人の天才と称されている。
王子様だから箔を付けるために多少大げさに言われているのだろう、と一部では思われているかも知れないけど……。
王太子レオナードは、天才と称されるに相応しい頭脳の持ち主だった。
事実、レオナード殿下もちゃんと理解して、質問を返してくる。
「さすが第一王子殿下ですね。すぐに理解されて飲み込みが早いです」
「僕じゃなくて、ゼンボルグ嬢の説明がとても分かりやすいおかげですよ。順番に理解出来ていくし、質問の答えも丁寧で、すごく勉強になります」
「そう言って貰えると嬉しいです。ありがとうございます」
にっこり微笑むと、にっこり微笑みを返してくれる。
魔道具製作で参考になる家電についてや、帆船の構造やその意図について、これまで散々説明することで鍛えられてきたおかげかしらね。
「では次は、魔道具の歴史について説明しますね」
「はい、お願いします」
「そもそも魔道具は数百年前――」
魔法文字を扱っていた民族と時の権力者の戦いから始まり、時の権力者の勝利。
さらに、魔道具兵器で一大勢力を築いた帝国の滅亡。
その切っ掛けも魔道具兵器だったこと。
魔道具の発達は、イコール魔道具兵器の発達と同義だったこと。
そして、オルレアーナ王国が魔石の使い方を管理していた頃の話と、ヴァンブルグ帝国が魔石鉱山を奪うため侵略戦争を繰り返していた話になると、先王殿下がわずかに緊張を見せた。
オルレアーナ王国がゼンボルグ王国を侵略した理由の一つに、魔石鉱山を奪い取ることがあったからでしょうね。
しかもオルレアーナ王国では、ゼンボルグ王国が侵略してきたのを返り討ちにした、と言うことになっているのよ。
貴族学院では歴史の授業でそう教えていると、アラベルが教えてくれたわ。
中央の貴族家では、家庭教師からもそう教えられているみたいで、貴族学院の授業に疑問を持つ者はいないそうよ。
レオナード殿下はまだ子供だからいざ知らず、先王殿下は王家にのみ伝わる秘密として真実を教えられている可能性がある。
今日の話の主旨は、侵略戦争をどちらが先に仕掛けたかと言う事に関して論争することではないから、無理には触れないけど。
どうせ、先王殿下が真実を知っていようといまいと、それを認めず水掛け論になるだけでしょうし。
それよりも。
「レオナード殿下、どうされましたか?」
なんだか、レオナード殿下の表情が急に優れなくなって……落ち込んでいる?
今、レオナード殿下が落ち込むような話を何かしたかしら?
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今回も、少し補足説明を。
生姜について。
実際にヨーロッパでは気候が合わず、生姜は栽培出来なかったようです。
なので輸入するしかなく、しかも胡椒同様に高価なスパイス、生薬扱いだったようです。
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