157 しこたま叱られた
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「ごべん゛な゛ざい゛~~~!!」
お父様のお膝の上で、お父様にしがみつきながら、涙と鼻水でグチャグチャの顔をその胸に埋めて、お父様とお母様に謝る。
ヴァンブルグ帝国大使館を出た後、その足で真っ直ぐ王城へ向かって、しばらく待たされた後、王様に謁見して謝った。
それからようやく貴族街の屋敷に戻って来たんだけど、着替えも一服もする前に、二人から叱られた。
それはもう、しこたま叱られた。
マリエットローズとして生まれ変わって初めて見る、怖い顔で本気で厳しくだ。
当然よね。
お父様もお母様も、私を守ろうとして矢面に立ってくれていたのに、それを遮ってまで前に出て、賢雅会の特許利権貴族達に喧嘩を売って挑発までしたんだから。
それであれだけの騒ぎになって、ヴァンブルグ帝国の皇族の前でオルレアーナ王国の恥を晒して、王様の怒りを買って、お父様とお母様の、そしてゼンボルグ公爵家の立場を悪くした。
でも、本当に叱られたのはそんなことじゃない。
悪い意味で、私が目を付けられたかも知れないこと。
賢雅会の特許利権貴族達には恨みを買って、報復されるかも知れない。
ヴァンブルグ帝国には陰謀のため、強引に政略結婚の道具にされるかも知れない。
オルレアーナ王家には危険と見なされ、政略結婚の介入があるかも知れない。
その口実を与えてしまったことになる。
気付いてなかった、知らなかった、気が回らなかったでは済まされない。
私はまだ自分で自分の身を守れるだけの力がないのだから。
身長や体格、年齢としてもそうだけど、社会的な地位や名声、権力や財力、私の身辺を守る信頼出来る護衛や武力など、何もかもが圧倒的に足りていない。
魑魅魍魎のごとき王族、皇族、貴族を相手に、戦う術も身を守る術も持たない。
そこは、普通の子供となんら代わりがないんだから。
だから私のことはまだ、世間的には普通の女の子、お父様が親バカ全開で大げさに言っているだけだと、力を付けるまで隠しておくべきだった。
魔石の購入も、多少足下を見られて高値で買わされたとしても、私を守るためなら、そのくらいは安い物。
そう、お父様にもお母様にも、ちゃんと考えがあって、そのためにどうすべきかを決めていたのよ。
それなのに、私はそれを、勝手な振る舞いで台無しにしてしまったんだ。
あの時はああするしかないと思った。
だけど、きっともっとスマートなやりようはあったはず。
あの場で、恨みを買ってまで性急に片をつける必要はなかった。
お父様とお母様なら、私が出しゃばらなくても、後からきっとなんとかしてみせたはず。
だから、どれほど心配をかけてしまったことか。
「マリーが自分の出来る事を懸命にやろうとしたことは、ちゃんと分かっている。だが、どれだけ賢くともお前はまだ子供だ。あの場でマリーが無理をしてまでやることではなかった」
「そうよ。もっとわたし達を信頼して任せて欲しかったわ。あまり心配をかけないで、ね?」
お父様が私をしっかりと抱き締めて、お母様が私の頭を愛おしそうに撫でてくれて、最後にそう諭してくれる。
「ばい゛~~~!!」
頭ごなしに感情的に怒鳴られたわけじゃなく、ちゃんと私のことを考えた上で叱って諭してくれたんだから、余計に申し訳なくて、自分が情けないわ。
本当に私は二人に愛されていて、幸せな娘だと思う。
「マリーは頭のいい子だから、もう十分理解しただろう。だから、これ以上クドクド言うのはやめておこう」
「ええ、この失敗を次に生かしましょう。ね?」
私は何度もコクコクと頷く。
叱られた時間は、実際にはそれほど長い時間じゃなかったんじゃないかと思う。
私も叱られることは分かっていて、理由も理解して納得していたし、お父様もお母様もそれを察してくれていたから。
でも、私には初めてのことだったから、とても長い時間に感じてしまった。
そんな時間ももう終わりとばかりにお母様が微笑むと、私の頬に優しくキスをしてくれる。
「マリーが十分に反省してくれたところで、ちゃんと褒めてもおかないとね。自分の責任を果たそうと頑張る姿は、とても頼もしくて誇らしかったわ」
「ああ。マリーが機転を利かせてくれたおかげで、最短で窮地を脱することが出来た。あれがなければ、ゼンボルグ公爵家の権威は傷つけられ、もっと苦しい立場に立たされ、厳しい状況に長く追い込まれていただろう」
それでもお父様とお母様ならきっとなんとか出来ていたと思うけど……優しく撫でてくれるお父様の手が気持ち良くて、嬉しくて、さらにギュッと強く抱き付く。
「ありがとうマリー、助かった」
「マリー、頑張ったわね。偉いわ」
「……ばい゛!」
二人の優しく温かな声が嬉しくて、私はまたボロボロと涙をこぼしてしまった。
二人の娘に生まれて良かった。
本当に私は世界一幸せな娘だわ。
それからしばらくして、ようやく涙が止まった頃。
「さあ、遅くなってしまったが、着替えてしまおう」
「それから一休みしましょうね」
言われてみればドレスのまま。
私のドレスもお父様の礼服も、私の涙と鼻水でべちゃべちゃだ。
なんだか急に気恥ずかしくなってくる。
「ではお嬢様、お部屋へ参りましょう」
「う゛ん゛……」
「あ、その前にお嬢様、はい、ちーん」
「ぢーん!!」
エマに鼻をかんで貰って、涙も拭いて貰って、それから着替えるために部屋に戻る。
お化粧を落とす間、エマは何も聞かずに普段通り接してくれて、お化粧を落とし終わった後、いつの間にか部屋の冷蔵庫で冷やしていたらしい濡れタオルを取り出して、私の目に当ててくれた。
「お嬢様、しばらくこうしていて下さいね」
「うん……ありがとうエマ」
あれだけ泣いちゃったから、絶対に目が腫れちゃうわよね。
エマの優しさが染みて、また泣いちゃいそうだわ。
「こちらもどうぞ。気分が落ち着くハーブティーです」
「ありがとうエマ……うん、美味しい」
着替え終わった後、エマが淹れてくれたハーブティーを飲むと、ほうっと大きく溜息が漏れて、ようやく人心地がつく。
普段から思っていることだけど、エマが私のお付きメイドで本当に良かった。
やっとリラックス出来て思わず口元が綻ぶと、それに気付いたエマが嬉しそうに微笑んでくれる。
ありがとうエマ、大好きよ。
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