155 不始末と罰 1
◆◆◆
国王ジョセフは謁見の間で、顔を伏せ跪く者達を冷たい目で見下ろしていた。
「よくも雁首揃えて我が国の恥を晒してくれたものだ」
抑えきれない怒りの滲む声に、ヴァンブルグ帝国大使館主催の親善パーティーに参加していたマルゼー侯爵夫妻、エセールーズ侯爵夫妻、ブレイスト伯爵夫妻とその息子、ディジェー子爵夫妻とその娘は、青い顔を伏せたまま身を竦めた。
他国の大使館のパーティーで、しかも外遊してきた皇族の目の前で言い争い、国内に不和の種があることを国際社会に喧伝したのだ。
それがどれ程国益を損ねることか。
しかも、そのせいで皇家とゼンボルグ公爵家が距離を縮めた可能性が高いともなれば、その罪は決して看過できるものではなかった。
「面を上げよ」
宰相のボドワンもまた、冷徹な眼差しと声音で告げた。
今後、ヴァンブルグ帝国が今回の件を利用しどのような無理難題を吹っかけてくるか、考えるだけで目眩がして、胃薬を手放せなくなりそうだった。
顔を上げた硬い表情の賢雅会の貴族達に、怒りを隠す気もなく、ジョセフが吐き捨てるように形だけの弁明の機会を与える。
「申し開きがあるなら申してみよ」
「恐れながら」
ジョセフが発言を許可した途端、マルゼー侯爵が青い顔を屈辱と怒りに歪めて声を張り上げた。
「この度の事態は、私達を陥れんとしたゼンボルグ公爵の謀にございます!」
「そうですとも陛下! あの田舎者の貧乏人めが、儂らに盾突いたばかりか、儂らに恥を掻かせ、陛下の勘気を被るよう仕組みおったのです!」
「ワシが陛下の宸襟を悩まし奉るはずがありません!」
「そうですとも! これはゼンボルグ公爵が仕組んだ卑劣な罠なのです!」
間髪を容れず、エセールーズ侯爵も自分達が被害者であることを臆面もなく主張し、さらに続けてディジェー子爵、ブレイスト伯爵が、全ての責任をゼンボルグ公爵家に転嫁して切に訴えた。
それは弁明どころか、ただの言い逃れに過ぎない。
しかし彼らはそれを口にした瞬間、それを事実だと信じ込んだ。
自分達はゼンボルグ公爵家に嵌められた被害者であり、一切の責任はゼンボルグ公爵家にあるのだと。
夫の、父親の、その姿と主張に、夫人も子供達もまた、そうだその通りだと、青く硬い表情を、悔しさと悲哀と怒りに歪ませる。
「そうですわ! あのいけ好かない女達が卑怯な真似をしたのです!」
「わたくし達は悪くありませんわ!」
「罰するならゼンボルグ公爵家です!」
「ゼンボルグ公爵と公爵夫人とその娘に重い罰を!」
「王様、あいつが生意気なのが悪いんです! きついお仕置きをして下さい!」
「そうです! あの子、田舎者の癖に、すごく生意気だったんです!」
そして続けざまに、怒りを露わに訴え出た。
そこには、自省など欠片もない。
賢雅会の貴族達は、魔石利権に加え特許利権までも独占し、莫大な金と力と影響力を手に入れた。
金貨を積み上げ権力を振りかざせば、黒が白に、白が黒に変わり、大抵の物事が自分達の思い通りになり、事実そうしてきたのだ。
その驕り高ぶりが、爵位が上であるゼンボルグ公爵家を侮り、見下し、格下扱いすることに、なんの躊躇いも覚えさせなかった。
そしてそれは、王家に対してすら無意識のうちに滲み出ていた。
ジョセフとボドワンは思い出す。
賢雅会の貴族達より先んじて、即座に謝罪に訪れたゼンボルグ公爵家の三人の姿を。
『この度は、陛下の御心を騒がせ奉り、誠に申し訳なく』
『オルレアーナ王国の国益を損ねたこと、いかようにも処罰を受ける所存です』
『我が身の短慮故の不始末、申し開きのしようもございません』
ゼンボルグ公爵のリシャール、公爵夫人のマリアンローズの二人は、一切無駄な言い訳をせず、ジョセフの沙汰を待ち、それに従う姿勢を見せた。
内心までは推し量れなかったが、最後までその姿勢を崩さなかったのだ。
よほど理不尽な罰を与えるのでなければ、恐らくジョセフの裁可に従うだろう。
そしてそれは、二人の娘のマリエットローズも同様だった。
しかも、ジョセフとボドワンが思わず感嘆の声を上げてしまいそうになるくらいに、子供ながらに整った美しい容姿、気品ある所作と礼儀作法、そして高い知性と聡明さを感じさせる眼差しをしていたのである。
息子のレオナードには、王族として最高の教育を受けさせていた。
箔を付けるため、また国民の人気を得るため、少々大げさに、百年に一人の天才との評価を受けている、そう噂も流している。
事実、それに恥じないだけの気品と知識を身に着けていることは、親の欲目だけではないと自負していた。
いずれオルレアーナ王国史に残る賢君になるだろうと。
しかし、マリエットローズはそれに勝るとも劣らなかった。
普段からレオナードを目にしていたからこそ、即座に気づけたのだろう。
それは初めて目にした、レオナードに匹敵する、しかも同い年の子供だった。
今回の件について至急の報告で上げられた中に、マリエットローズが子供ながらにヴァンブルグ帝国語を流暢に操り、礼儀作法までも身に着けていたとあったのも、納得がいったくらいである。
さらに言えば、リシャールとマリアンローズが親バカ全開で天使だ天才だと吹聴していたのが、自分同様ただの親の欲目ではなかったことも。
だからこそ感心し、警戒した。
これまでレオナードの婚約者候補として検討してきた娘達が霞んでしまう程に、レオナードと並んでも見劣りしない少女。
これがゼンボルグ公爵家の娘でなければ、最有力候補として即座に検討し、余所に取られる前にと打診していただろう。
それ故に、皇太子ルートヴィヒが皇子ハインリヒの婚約者候補として目を付けただろうことは、容易に想像出来た。
マリエットローズをオルレアーナ王家に取り込むのは危険。
しかし、他国の王家、皇家に取り込まれるのはもっと危険。
取り扱いには細心の注意を払う必要があると、交わした言葉は少なく接した時間は短いながら、すぐに見抜くことが出来た。
それに対しての、この賢雅会の貴族達の有様である。
七歳のマリエットローズに劣る振る舞いの数々。
特に子供達など、比較するのもおこがましいくらいに話にならない。
それほどまでに、王家を、ジョセフを侮り舐めているのだ。
事のあらましなど、すでに報告を受けて全てを把握している。
先にゼンボルグ公爵家に経済的な攻撃を仕掛け、さらに無礼な振る舞いをしてと、原因は明らかに賢雅会の貴族達にあった。
しかし自らの行いを省みることなく無理筋の言い訳を並べ立て、自分達の思うように王家を、ジョセフを動かし、魔道具の開発、販売で目障りなゼンボルグ公爵家を潰させようとしている。
ゼンボルグ公爵家はヴァンブルグ帝国大使館を出た後、その足で王城を訪れ、事のあらましの報告と謝罪のための謁見を申し出てきた。
皇太子ルートヴィヒと別室でなんらかの会談を行ったことも把握している。
そのため、ゼンボルグ公爵家が王城を訪れたのは事が起きてしばらくしてからだったが、それより遥かに早く大使館を追い出された賢雅会の貴族達が、ゼンボルグ公爵家より遥かに遅く、謁見の申し込みをしてきたのだ。
恐らく、魔石をゼンボルグ公爵家に売らざるを得なくなり、その対応について協議していたのだろう。
そう、賢雅会の貴族達は、自分達の商売と利益を、国益と王家への謝罪より優先させたのだ。
これを、王家を、ジョセフを侮っていると言わずして、なんと言う。
ジョセフもボドワンも、怒りに拳を握り締める。
「もうよい」
ジョセフは、次第にエスカレートしていく聞き苦しい責任転嫁の戯れ言を遮る。
「どのような言葉を並べようと、そなた達が大きく国益を損ね、オルレアーナ王国と王家の名に泥を塗った事実は変わらぬ」
賢雅会の貴族達が言葉に詰まったことを機に、玉座から立ち上がる。
「追って沙汰を下す。それまで謹慎せよ」
冷たく言い放ち、なお言い訳を並べゼンボルグ公爵家を貶めジョセフを侮る真似をする賢雅会の貴族達を無視して、謁見の間を去った。
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