150 皇太子ルートヴィヒとの攻防
うん、不味いことになってしまったわ。
今、お父様とお母様と私は、大使館の奥の方の控え室にいる。
会場付近のよく使われる控え室ではなくて、滅多に人が近寄らない配慮がされている、皇族や重要なゲストが緊急時に使うような、そんな控え室だ。
あの後、ルートヴィヒ殿下の『この者達は場を辞するようだ』と言う、要は『とっとと出て行け』の一言で、レオナード殿下と先王殿下達、そして大使達に謝罪後、賢雅会の貴族達共々会場を追い出されたわけだけど……。
ルートヴィヒ殿下の側に控えていた護衛役を兼ねているらしい侍従に会場を出る直前に声をかけられて、私達だけ別室へ案内されてしまった。
名目は、事態のさらに詳しい事情聴取。
なんの事情を聴取されるかは……もう一つしかないわよね。
皇族の関心を引けた分、あのまま普通に追い出された賢雅会の貴族達と比べればマシな扱いをして貰えたと喜ぶべきか。
追求や譲歩を迫られる可能性を考えると、あのまま一緒に追い出された方が良かったと嘆くべきか。
いずれにせよ、難しい政治的な判断が必要な事情聴取が行われるだろうことは、お父様とお母様の纏う空気からも、まず間違いないと思う。
ともあれ、控え室の中はしんと静まり返っていて、すごく居心地が悪い。
私達以外にはメイドさんが壁際に控えているだけ。
当然ヴァンブルグ帝国側の人だから、不用意に話をするわけにもいかない。
美容の魔道具はその場の思い付きでとか、実はこんなのを考えていたんですとか、説明や打ち合せをしたくても出来ないのよ。
お父様もお母様も、やっぱりその部分に不安があるせいで微妙に落ち着かない感じで、すごく申し訳ないわ。
そして待たされること数十分。
ようやくルートヴィヒ殿下、ダニエラ殿下、そして何故かハインリヒ殿下までもが入ってきた。
長く待たされたのは、待たせてやれって権威を見せつけるためもあるんでしょうけど、皇族として挨拶を受ける仕事があるから、それが一段落付いて休憩が取れるまで、と言うこともあったんでしょうね。
ルートヴィヒ殿下達が入室してきたところで、お父様、お母様と一緒に立ち上がって頭を下げる。
『改めて、このたびは両国友好の場で殿下方のお心を騒がせてしまったこと、誠に申し訳なく――』
お父様の謝罪の口上を、ルートヴィヒ殿下は半分聞き流している。
現場で事情は聞いたし、先王殿下の顔を立てて会場を追い出したことで罰は与えたから、そんなことよりさっさと本題を話して聞かせろ、と言わんばかりね。
お父様も、言葉遣いこそ丁寧だけど、礼儀としての形式上の謝罪と言う感じだ。
だって、頭を下げてはいても恐縮したり卑屈になったりはせず、堂々としたその態度に一切の翳りはないもの。
ルートヴィヒ殿下もダニエラ殿下もそれが分かっているから、鷹揚に頷くだけだった。
これで、一連の無礼な騒ぎについてはおしまいね。
ハインリヒ殿下は……普通?
謝って当然、みたいな態度ね。
もしかしたら、形式上のこと、と言う部分までは理解していない感じ?
ともかく、お父様の形式上の謝罪が終わって手打ちとなった後、ルートヴィヒ殿下達がソファーに座って、それから私達が座る。
『それで、魔石が欲しいのだったな』
座って開口一番、ルートヴィヒ殿下がそう切り出してきた。
しかも、上からの物言いで威圧的に。
形式上の謝罪は一応受けたけど面倒な手続きでしかなかったから、それよりさっさと話を進めたいって感じね。
ただしそれは、寛容な態度ではなく、私達から譲歩を引き出すための攻勢なんでしょうけど。
『我が帝国から輸入するのだろう? であれば考慮しても良い』
『ご配慮、痛み入ります』
お父様も、さっきの形式上の謝罪のことなんてなかったかのように、堂々とその威圧を受け流して、微笑みを浮かべる。
初っ端から、二人の背後に龍と虎が威嚇し合っている幻が見えたわ。
『これで件の美容の魔道具の開発と輸出が問題なく可能となったわけだな』
『先ほども話に上がりましたが、両国間の特許の扱いが一様ではありませんからね。まずは実務者協議から行わなくては』
『まどろっこしいな』
『特許の利権を持つ貴族達を一様に頷かせるには、相応の労力が必要になるのは致し方ないでしょう。急いては事をし損じると言いますからね』
『あのような無礼者達への配慮など必要か?』
『同じオルレアーナ王国貴族として足並を乱すわけにはいきませんから』
容赦なく虎が攻める、攻める、攻める。
それを龍が優雅にかわす、かわす、かわす。
まるで雷鳴が轟いているみたい。
これまでの会話を解釈すると、裏に潜んでいる意味は……。
『魔石利権貴族に働きかけて魔石を輸出してやるから、美容の魔道具を始めとして、ドライヤーとかの魔道具も一緒に、さっさとヴァンブルグ帝国へ輸出しろ』
と言うのを、開発するのに問題がなくなっただろうって言葉と一緒くたにして、輸出するのも問題ないだろうって、しれっと混ぜ込んで言質を取ろうとしたのよね?
それをお父様が、飽くまで正式な手順を踏む必要性を説くことでかわした。
『今回の件を不問にしてやる。それをお前の手柄にしていいから、その見返りにヴァンブルグ帝国皇室にだけ特別にコッソリ輸出しろ』
と、さらにルートヴィヒ殿下が強引に事を進めようとするのを、お父様がそれもまたかわす。
だってそんな特別扱いして輸出したら、特許を無視してパクられちゃうもの。
しかも。
『賢雅会の特許利権貴族達はもちろん、特許を持つ私達を納得させたかったら、特許の扱いの協議でヴァンブルグ帝国側が譲歩してくれたら、話が早く済みますよ。一方的にヴァンブルグ帝国の特許法に従えと言う話でさっさと済ませようとするのはなしです』
と、今回の弱みに付け込んでの一方的な交渉には応じないと、断固として撥ね除けたのよね。
だから、ルートヴィヒ殿下は不思議に思ったみたい。
『祖国を侵略した、賢雅会の特許利権貴族達を始めとしたオルレアーナ王国貴族になんの義理がある。この際だからヴァンブルグ帝国側に付け』
と、かなり大胆に踏み込んできた。
それを。
『だからと言って、今すぐヴァンブルグ帝国を信頼してそちら側に付くだけの理由にはならない』
と、さらりと断ってしまう。
たったあれだけのやり取りの中に――帰ってからお父様とお母様に詳しく補足説明して貰ったおかげでようやく理解出来たけど――これだけの攻防が隠されていたのよね。
表面上の会話の意味だけで不用意に返事をしていたら、気づかないうちに言質を取られていた、なんてことがざらにありそう。
貴族の会話って、本当に怖いわ。
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