149 皇太子ルートヴィヒの介入
賢雅会の貴族と夫人達は、一気に青くなる。
他国の大使館のパーティーでこんな騒ぎを起こして、その国の皇族の不興を買ったんだから、当然よね。
男の子も女の子も、親にしがみついてオドオドしているし。
ホーエンリング伯爵も、焦って狼狽え気味。
周囲のヴァンブルグ帝国貴族は緊迫した様子で、自分達は無関係ですの顔をして軽く頭を下げ、同じくオルレアーナ王国貴族達も、無関係を決め込んで距離を取る。
逆に、騒ぎを聞きつけたらしいレオナード殿下と先王殿下達、そして大使達が何事かと険しい顔で近づいてきた。
そんな中、お父様とお母様は、それらとは対照的に堂々とした佇まいで、賢雅会の貴族達を咎め非難する厳しい視線を向けている。
魔石を売らない嫌がらせ、礼儀知らずな割り込み、無礼な口の利き方、どれを取っても原因は賢雅会の貴族達にあるものね。
だから私もそれに倣って、責めるように賢雅会の貴族達へ目を向けた。
『何事だ』
ルートヴィヒ殿下は私達の前であろうと、ここがオルレアーナ王国であろうと、大使館の中はヴァンブルグ帝国だと言わんばかりに、ヴァンブルグ帝国語で通すらしい。
私達と賢雅会の貴族達をジロリと見回した後、ホーエンリング伯爵へ目を向けた。
『私が側に居ながらお騒がせして申し訳ありません。実は――』
ホーエンリング伯爵も騒ぎの中心にいたのに、まるで仲裁者だったみたいな顔で、ルートヴィヒ殿下に事情を簡単に説明する。
その内容は、自分とお父様の商談中に賢雅会の貴族達が割り込んできたと言う経緯は省いて――でないと自分も当事者の一人であることがバレて睨まれてしまうものね――互いに非礼な態度があったこと、原因が魔道具と魔石の商談にあることなど、どちらにも非があって両成敗になるようなものだった。
現状では、どちらか片方の肩を持つ程、ホーエンリング伯爵との商談は進んでいなかったから無理もないけど。
『くだらん。それはこの場で怒鳴り声まで上げてするような話か。これは正式なルートを通じて抗議させて貰うぞ』
ルートヴィヒ殿下にジロリと睨まれて、賢雅会の貴族達は脂汗を浮かべながら俯く。
ルートヴィヒ殿下の口ぶりは、直接言葉にしなかったけど、オルレアーナ王国貴族は場を弁えられないほど程度が低いのかと言わんばかりだ。
そう言われても仕方のない状況よね。
でもまさか、エセールーズ侯爵があんなにも激昂するとは思わなかったのよ。
さすがに私も、ここまでの騒ぎになってしまった責任を感じるわ。
『はっ、殿下方には大変申し訳なく……』
オルレアーナ王国の大使が汗を拭きながら、レオナード殿下達に代わって頭を下げて、苦い顔で私達と賢雅会の貴族達を睨んだ。
別の大使に通訳して貰ったことで詳細を把握したレオナード殿下が、困った顔で私達と賢雅会の貴族達を見比べる。
レオナード殿下を困らせたかったわけではないから、ちょっと申し訳ないわ。
ただ、先王殿下と王太后殿下は賢雅会の貴族達にもだけど、それ以上に私達へきつく咎める視線を向けてきた。
『殿下が立腹するのも当然のことと思う。正式な詫びは後ほど必ず。この者達は厳罰に処す故、この場は私の顔を立て、どうかご寛恕願いたい』
オルレアーナ王国の弱味を見せて国益を損なったわけだから、先王殿下のその言葉は当然だと思う。
でも、賢雅会の貴族達ではなく、私達を見ながら言ったのが納得いかないわね。
対してお父様とお母様は、飽くまでも品位を保ったまま、軽く頭を下げた。
『お騒がせしてしまいました、殿下。このような形でご挨拶しなくてはならないこと、誠に遺憾に思います。ゼンボルグ公爵リシャール・ジエンドです』
『オルレアーナ王国貴族を代表し、陳謝します。ゼンボルグ公爵が妻、マリアンローズ・ジエンドです』
ジロリと睨まれたことで、直答、そして謝罪や弁明の機会を与えられた、と言うことにするみたい。
だから私も、お父様とお母様の後に続く。
『無作法な真似をしてお恥ずかしい限りです。お初にお目にかかります殿下。ゼンボルグ公爵家令嬢、マリエットローズ・ジエンドです』
私までヴァンブルグ帝国語とヴァンブルグ帝国の礼法で丁寧に挨拶をしたことで、ルートヴィヒ殿下とダニエラ殿下が『ほう』と軽く目を見開いて、ハインリヒ殿下が何故か嬉しそうな顔になって私を見た。
それを好機と見たのか、お父様が少しばかり恐縮した雰囲気で言葉を続ける。
『彼らとは魔道具開発におけるコンセプトと販売戦略に明確な違いがあり――』
そこで一度、お父様がホーエンリング伯爵へと目を向ける。
わずかに緊張して身を固くするホーエンリング伯爵に対して、お父様は敢えて何も言わず、ルートヴィヒ殿下に視線を戻した。
これは……殿下達にホーエンリング伯爵も当事者だったことを告げ口しないことで恩を売った……のかしら?
後日、ホーエンリング伯爵領から魔石を買うことになった時に、足下を見られて値段を吊り上げられないように。
ルートヴィヒ殿下はお父様の視線の動きに気付いたはずだけどお父様の方を向いたままで、ダニエラ殿下が無言でホーエンリング伯爵へと目を向けた。
多分、二人とも察したでしょうね。
そして、大勢の目撃者がいるから騒ぎをなかったことには出来ないけど、これにはヴァンブルグ帝国貴族も絡んでいるから、オルレアーナ王国へ抗議するのは仕方ないにしても、あまり大事にしないで欲しい、と言うことじゃないかしら。
後から他の貴族達に聴取すればすぐにバレるけど、表向きには、ホーエンリング伯爵は当事者ではないことになっている。
だから、ホーエンリング伯爵が後から殿下達に咎められることはないはず。
そこで言い訳したり、ホーエンリング伯爵のことを告げ口したりせず、潔くオルレアーナ王国貴族だけが泥を被る形で、恩を売ったことになる……のよね?
しかも、もしヴァンブルグ帝国がこの騒ぎを利用してオルレアーナ王国に政治的に譲歩を迫った場合、言い逃れしたホーエンリング伯爵の責任はどうなるのかと言う話になるから、それも出来なくなった。
その上、これで賢雅会の貴族達も厳しく咎められることはなくなったはずだから、賢雅会の貴族達にも恩を売ったことになるんじゃないかしら。
もちろん、私達も賢雅会の貴族達も非があるから、オルレアーナ王家から何かしら罰があるのは避けられないと思う。
だけど、ヴァンブルグ帝国からの抗議が強くなければ、それほど厳しい罰にはならないはずよ。
私が勉強した貴族のやり口で、覚えていることが正しければ、多分そういうことだと思う。
その証拠に、賢雅会の貴族達が悔しそうにお父様を睨んでいるし。
さすがお父様とお母様。
ホーエンリング伯爵が保身に走ったのを逆手に取ったのね。
堂々としているからこそ説得力があって、駆け引きになる。
これが罪悪感を感じて小さくなりながらだったら姑息に見えて、むしろふざけるなと怒りを買っていたかも知れないもの。
『――たまたまその議論に彼らが白熱した結果、少し騒がしくしてしまったこと、大変申し訳なく』
『「黙れこのクソガキ」などと子供に向けて口汚く罵る恥知らずな議論か?』
痛烈な嫌味ね。
でも、お父様の駆け引きが功を奏したんじゃないかしら。
不機嫌で咎める声音は変わらないけど、内側から感じる圧力や怒気はかなり軽減されている気がするわ。
自分が外遊したことで開かれた両国の友好を深めるパーティーにおいての騒ぎだから、顔に泥を塗られた以上、容易に許した態度は取れないとは思うけど。
不意に、ルートヴィヒ殿下がジロリと私に目を向けた。
最悪の事態にはならなそう、と気を緩めたところだったから、思わず身を固くしてしまう。
『それで、まだこのように幼い娘が何を言って「議論が白熱」することになったのだ』
『はっ、実は――』
ああ……ホーエンリング伯爵がベラベラと……。
失点を回復させたいのか、馬鹿正直に、だけど自分が関係した部分だけは除外して、詳しい話の流れを全部言ってしまうなんて。
『ほほう?』
何やら、すごく興味を持たれた目で見られているんですけど……。
『新しい美容の魔道具……』
しかもダニエラ殿下には、そっちに食いつかれてお母様をガン見されてしまうし。
これはちょっと不味い、かも……。
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