148 賢雅会への駄目押し
「皆さんは、どうしてブルーローズ商会に魔石を売ってくれなくなったんですか?」
賢雅会の貴族達に顔を向けて、こてんと首を傾げる。
「当然じゃろう」
「新参者が、先駆者である俺達の利権を侵害した以上、報復があってしかるべきだ。それも分からんのか」
本当にそう思っている顔ね、ディジェー子爵もブレイスト伯爵も。
「でもそれだと、誰も新規参入出来なくなりますよね?」
「それがどうした」
「ワシらの庭にズカズカと入り込んでくる方が悪いんじゃからな」
「でも、特許法にはそんなこと書いてませんよ?」
「なんだと?」
「何が言いたい」
何が言いたいも何も……。
続きを言いかけた私の肩にお父様が手を置く。
「マリーの言う通りだ。特許法は全ての者が特許を取得する権利を保障している。それは法の草案を出したお前達が一番よく分かっているのではないか? 賢雅会に所属する貴族が認めなければ特許を取得してはならないなどと、どこに明文化してある?」
わずかに怯むブレイスト伯爵と忌々しそうな顔になるディジェー子爵。
彼らにとってそんなのはただの建前で、自分達が独占することを念頭に置いた法律にしていたんでしょうね。
でもたとえ建前であっても、賢雅会の貴族のためだけの法律なんて存在しないし、存在していいはずがないのよ。
「しかも新規に参入する者達がいなければ、産業の発展も頭打ちだ。全く新しい魔道具を生み出さず、既製品の本体のデザインを変更するだけで中身が同じでは、いずれ売れなくなるのではないか?」
「っ……!」
心当たりがあるんでしょうね、一番ふてぶてしい顔をしていたエセールーズ侯爵までもが苦い顔になる。
でも、マルゼー侯爵はなんらダメージを負ってないみたい。
「どうあれ、魔石を誰に売ろうと売るまいと、それは我らの商売上の自由だ。咎められる謂われはない」
論点のすり替えね。
そんな屁理屈で誤魔化されるわけないでしょう。
「皆さんには、先駆者としての自信とプライドがあるんですよね?」
お父様が私から会話を引き継ごうとしていたけど、それを遮ってさらに言い募る。
「何が言いたい」
エセールーズ侯爵の視線が益々鋭くなって、思わず怯みそうになるけど、グッと我慢する。
「だったら、どうして魔石を売らないなんて意地悪な方法じゃなくて、ご自慢の魔道具で勝負しないんですか?」
「何を――」
「自信があるなら、魔道具のアイデアや性能で、正々堂々勝負すればいいと思います。どうしてそうしないんですか?」
「――っ……!」
私の言いたいこと、伝わったわよね?
キョトンと、どうしてなのか子供だから分からない、みたいな顔で小首を傾げた私の挑発を。
「そうだな。マリーの言う通り、自分達の魔道具に自信があるのなら、堂々と魔道具の性能で勝負すればいい。魔石を売らないなど、その勝負から逃げていると誹られても仕方ない振る舞いだと思うが?」
お父様がそれ以上、私に喋らせまいとするように言葉を引き継ぐ。
多分、私への恨みが集まらないように、矢面に立ってくれているんだろう。
でもご免なさい。
とことん挑発してやりたいのよ。
絶対に私達に魔石を売るしかなくなるくらいに。
そして、私達を敵に回したことを後悔するくらいに。
「つまり賢雅会の皆さんは、最初からうちには勝てないと諦めたから、勝負から逃げたんですね? それって、負け犬根性って言いませんか?」
「黙れこのクソガキ!! 誰が負け犬だと!?」
「きゃあっ!?」
鬼の形相になって、エセールーズ侯爵が食ってかかるように怒鳴りつけてくる。
あまりの怒鳴り声の大きさに、思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまったわよ。
「侯爵、貴様、今なんと言った!? うちの娘に『黙れこのクソガキ』だと!?」
お父様の怒りを滲ませた声に、場が静まり返る。
「侯爵風情が、公の場で公爵家の娘を恫喝してクソガキ呼ばわりだなんて、随分とお偉いのね」
扇を一瞬で畳んで手の平に打ち付ける音が、高く鋭く響く。
お母様の怒りを隠さない声に、さすがにエセールーズ侯爵も周囲の非難の視線が自分に集まっていることに気付いて、狼狽え後ずさった。
この失言の失点は、とてつもなく大きい。
まさか私も、ここまで過剰な反応をされるとは思わなかったわ。
「公爵、公爵夫人、今のはご令嬢に問題があるのではないか。我らに対し、このような許されざる侮辱をしたのだからな」
「ほう? では尋ねるが、先ほど、ブレイスト伯爵家の息子と、ディジェー子爵家の娘が、うちのマリーに対し許されざる侮辱をした件についてはどう考えている?」
「確か『子供の言うことに、いちいち目くじらを立てるとは』だったかしら? 目くじらを立てて幼い子供を怒鳴りつけ暴言を浴びせるなど、いい大人が、誇り高きオルレアーナ王国貴族がすることかしら、ねえ?」
「そうだな。そして『それよりもっと大事な話があるだろう』ともな。それで、是非聞かせて欲しいものだ。自ら『負け犬である』と認め喧伝するのかどうかをな」
「ぐぬぅ……!」
「小賢しい理屈を……!」
さすがお父様とお母様!
相手の台詞を逆手にとって、そのまま叩き付けるなんて。
思わず目を輝かせて二人を見上げたら、二人同時に睨まれた。
あ……これ、帰ったらお説教される……。
さすがに、お父様の気遣いを無視して露骨に挑発して怒らせちゃったの、やり過ぎた……わよね。
うぅ……普段は甘々なくらい優しい分、二人とも本気で怒ると怖いのよ……。
でも、でも、分かって欲しい。
こうでもしないと状況を覆せなかったって!
『何を騒いでいる』
不意に、割り込んでくる不機嫌そうな低い声。
しかもヴァンブルグ帝国語の。
……これは不味いかも。
声がした方を振り返れば、声そのままの顔をしたルートヴィヒ殿下とダニエラ殿下、そしてハインリヒ殿下が近づいてきていた。
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