147 賢雅会への追撃
『そういうことでしたら、帝国から魔石を輸出すればよいのではないかしら?』
ホーエンリング伯爵夫人が澄まし顔で、ホーエンリング伯爵を肘で強くつつく。
すると、周囲からヒソヒソと『うちの領地からも輸出しては?』と、ヴァンブルグ帝国貴族のご夫人達の声が聞こえてきた。
ついでに、オルレアーナ王国貴族のご夫人達から『賢雅会はどうするつもりなのかしら』『まさかヴァンブルグ帝国に輸出を許し、国内に出回らないなんてことはないわよね』と言う聞こえよがしの声も。
「大変興味深い話だ。確か、我が領から魔石を輸出するかどうか、でしたか」
ホーエンリング伯爵がホーエンリング伯爵夫人の圧力に屈したのか、賢雅会へ付こうとしていたことなんてなかったみたいな顔で、そう切り出してくる。
いい流れね。
だけど、その流れをぶった切るように、マルゼー侯爵が動いた。
「しかしそれは、果たしてどれほど高価になるのかな?」
「大人しく、各種変更機構と魔道具の特許を放棄して、儂らの商会から買った方が利口だと思うがな」
この流れになっても、マルゼー侯爵とエセールーズ侯爵の余裕の態度は変わらない。
そう、帝国から魔石を売って貰っても、作る魔道具が高価過ぎては、賢雅会の安価なコピー商品には太刀打ち出来ない。
ご夫人達の非難を最初だけ甘んじれば、後は特許使用料を払って安価なコピー商品で私達を潰せばいいんだから。
お父様とお母様が、どう反撃するか、その一手を探して一瞬言葉に詰まる。
でも、大丈夫。
それをなんとかする方法も考えたわ。
「お父様、魔石の値段が上がったら、魔道具の値段も上がってしまうのですよね?」
「ああ、そうだね」
何か策があるのかい、そう視線で尋ねてくるお父様に、もちろんありますよと、にっこり微笑む。
「魔石の値段が上がった分、魔道具の価格に上乗せするのではなくて、各種変更機構と魔道具の特許使用料に上乗せすればいいのではないですか?」
「……!」
「「「「「なっ!?」」」」」
お父様のその手があったか、と言う声に出さなかった叫びと、賢雅会の貴族とご夫人達の驚愕の声が同時に上がる。
「ゼンボルグ公爵領の魔道具師達が作る魔道具には、上乗せされた特許使用料の分だけ補助金を出してあげればいいと思います」
「なるほど……我が領の魔道具師や職人達には高騰した価格分の補助金を出して保護するわけだね」
「まあ、それはいいわね。それなら価格競争で負けることはないわ。さすがマリーね」
お母様が優しく頭を撫でてくれた。
人前でなんて、照れる。
「えへへ♪」
でも嬉しい。
今後、一部のサイズの小さな物を除いて、ほとんどの魔道具は私の変更機構が組み込まれていないと売れなくなっていくわ。
だけど、三倍にも四倍にも跳ね上がった魔石の代金を特許使用料に転嫁されたら、オリジナルは元よりコピーした魔道具はさらに価格がとんでもなく跳ね上がって、販売数はガタ落ちするでしょうね。
魔石利権および特許利権貴族達にとって、それは大きな打撃になるわ。
しかも、貴族達の工房はなんとかやりくり出来たとしても、平民の工房は次々と潰れて行くに違いないから、領内の魔道具産業の縮小が加速して、負のスパイラルに陥ることになる。
だけど、ゼンボルグ公爵領の魔道具産業は縮小することも潰れることもない。
つまりシェアをほぼ独占して、うちの一人勝ちになる。
そしてそうなれば魔石の需要が大幅に減るんだから、これまでの納入先である王国軍や各領地軍は、足下を見て安く買い叩くようになるでしょうね。
だってうちがヴァンブルグ帝国から買い続けて賢雅会の貴族達から買わなければ、魔石は軍にしか売り先がなくなるんだから。
もしそこで軍の足下を見て高値で売りつけようとすれば、国防を揺るがす大問題になるわ。
王家から大きなペナルティを受けるだろうし、他の領地貴族との間で戦争になってもおかしくない案件よ。
それを回避するには、今以上に価格を落として魔石を売り続けるしかなくなる。
下手をすれば採算が取れず、本当に採掘量を減らすか、魔石鉱山を閉鎖しないといけなくなるかも知れない。
そうなれば、魔石利権、特許利権、両方を大きく失うことになるでしょうね。
そうして力が弱まれば、これまでその利権を背景にして横暴に振る舞い押さえ付けていた貴族達の不満が噴出して、さらに厳しい状況に立たされることになる。
そんな事態は、さすがに許容できないでしょう?
だとすれば、それを回避するには、これまで通り私達に魔石を売り続けるしかない。
「これはすごい……この幼さでこれ程の発想が出るとは、天才との噂もあながち親の欲目ばかりではないようだ」
ホーエンリング伯爵が大仰に芝居がかった態度で、私に感心する。
私が目立って注目を集めるのは不味いんだけど、今回は仕方ないわよね。
「こ、この……!」
うわぁ……エセールーズ侯爵が憎々しげに私を睨んできて、ドン引きするくらい怖いんだけど……。
でも、まだ安心は出来ない。
これでムキになって、私達に魔石を売らないどころか、ゼンボルグ公爵領への魔石の輸入を徹底的に邪魔し始めて、どちらが先に音を上げるかのチキンレースに持ち込まれても困るわ。
それじゃあ、仮に勝ってもダメージが大きすぎる。
ここはもう一押し、私達に魔石を売るしかないように仕向けないと。
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