14 目指すは大海原の向こう 2
さっき以上に目を見開いて、お父様はもう言葉が出てこないって顔だ。
お父様が何か言おうとして、言葉にならなくて、でもなんとか言葉にしようとしてを、果たして何度繰り返したか。
ようやく声を絞り出す。
「マリーは……ここより西に……極西と……世界の果てと言われているゼンボルグ公爵領より海を越えた遙か西に……まだ見ぬ大陸があると……そう言うんだね?」
「はい」
この世界の地図は、例えばユーラシア大陸を少し横長にしたみたいな形をしているだとか、アフリカ大陸の北半分がないとか、他にも色々、前世の世界との違いはあるけど、前世の世界ととてもよく似ている。
しかも現在の世界地図だけだと、とても世界が狭い。
前世の世界の半分か、いいとこ三分の二ないくらいの大きさにしか見えないのよ。
それならあるはず。
アメリカ大陸に相当する、未発見の新大陸が。
「それは……何か確証があっての話かい?」
私は首を横に振るしかない。
でも、必ずあると確信している。
「あぐりかたいりくは、いつ、だれが、みつけたんですか?」
お父様が息を呑む。
まるで、目から鱗が落ちたみたいな目で。
「っ……そう、だな……アグリカ大陸も、最初はそこに大陸があるなんて、誰も思っていなかった。だけど、そこには大陸があった」
私が読んだ歴史書によると、アグリカ大陸が発見されたのはおよそ四十年前。
それまで世界はヨーラシア大陸しか存在しないと思われていた。
難破して偶然アグリカ大陸に漂着した船乗り達が、数年を経て奇跡の生還を果たしたことで、初めて世界中にヨーラシア大陸以外の陸地があることを広く知らしめた。
しかも、その船乗り達が持ち帰ったのが、ヨーラシア大陸では手に入らない各種スパイスだ。
各国はそのスパイスに熱狂した。
だけど、アグリカ大陸には当然現地の人達の国家がある。
だからスパイス欲しさに植民地化しようとした各国と戦争になったのは、必然とも言える流れだった。
オルレアーナ王国だってそんな国の一つだ。
その戦争は二十年以上にわたって続き、各国の戦費の負担が大きくなり過ぎて厭戦気分が広がっていったことで、次第に下火になって終結していった。
こうしてアグリカ大陸の国家の多くが植民地にされ、また独立を守り抜いた国家と和平条約が締結され、スパイスの輸入が本格化したのは、ほんの十年ほど前の話になる。
それ以来、みんなアグリカ大陸に夢中だ。
こぞってアグリカ大陸と交易しようと躍起になっている。
東方の国家からも、それこそ年単位の時間をかけて交易船がやってくるくらいに。
だから、植民地の奪い合い、利権の奪い合いで戦争になるのも珍しい話じゃない。
もちろん、無法者の海賊行為だって横行。
それら海賊達から略奪品を仕入れて儲ける交易商人がいるのもよく聞く話だ。
そんな現状を受けて、自国の通商路の保護および他国の通商路の破壊や妨害のため、国が私掠を認める私掠免許状――戦時限定の私掠免許状と平時でも許可される復仇免許状――を発行して、個人が合法的に他国の船を攻撃、拿捕、略奪する行為を認めている国もある――その場合、私掠船が上げた利益の一部は国庫に納める決まりがある――くらいだ。
それほどまでに、多くの国と人がアグリカ大陸に投資し、戦費を注ぎ込み、奪い合いと報復に明け暮れている。
まるでアグリカ大陸が最後のフロンティアであるかのように。
だけど、他にも同様の未発見の大陸がないなんて、誰が言ったの?
一つあったんだから、二つや三つあってもおかしくないでしょう?
「だから海を越えた遥か西にも、大陸がある可能性がある……そう言いたいんだね?」
「はい」
私は、力強く頷く。
みんながアグリカ大陸しか見えていなくて、大金を注ぎ込んでいる今だからこそ、そこに付け入る隙がある。
だって、アグリカ大陸に利権を持つ者達はそれを守り続けなくてはならないし、利権を得られなかった者達はここで手を引けば莫大な赤字だ。
だからどこの国も領地も、すぐに投資先を新大陸に切り替えることなんて出来ない。
そう、他領、他国を出し抜いて新大陸との交易を独占するチャンスが、今まさに目の前に転がっていると言っても過言じゃないのよ。
「ぜんぼるぐこうしゃくりょうは、にしのはてっていわれていますけど、しんたいりくがみつかったら、しんたいりくからのこうえきひんをかいもとめて、みんなぜんぼるぐこうしゃくりょうに、さっとうしてくるとおもいます」
それだけじゃない。
「たこくがしんたいりくとこうえきしようとおもったら、みんなぜんぼるぐこうしゃくりょうをとおって、しんたいりくにいくことになります。ぜんぼるぐこうしゃくりょうが、にしのはてから、せかいのちゅうしんになるんです」
「ああ……マリー!」
お父様が感極まったように私を抱き締めてきて、私もお父様を強く抱き締める。
「考えたこともなかった……ここより西に、まだ見ぬ大陸があるなんて! このゼンボルグ公爵領が世界の中心になるだなんて!」
もしこのプランが実現したら、もう誰もゼンボルグ公爵領を田舎だ、貧乏だ、世界の果てだと馬鹿に出来なくなる。
古参の貴族達に一泡吹かせられること間違いなしよ。
これなら、王国を乗っ取る陰謀を企てなくても、見返して誇りを守れるはず。
断罪も処刑も遠のくに違いないわ!
そして新大陸が発見された暁には……カカオ! バニラ! トマト! ゴム!
特にカカオとバニラ!
もう絶対にお腹いっぱいチョコとプリンを堪能してあげるんだから!