普通ではないこと
その後アルベールは半ば無理矢理エツィオを追い返すと、アロナに視線をやる。
「……」
が、恥ずかしくなりすぐに逸らしてしまった。心臓が早鐘を打ち、どうしていきなりこうなってしまったのか自分でも理解ができない。
とりあえず執務室に彼女を通すと、アルベールはアロナと距離をとりつつ椅子に腰掛けた。
「ロファンソン様」
「あ、ああ。はい」
アロナはなんとはなしに、端正な顔立ちの男性が照れると色気が増すなと、どうでもいいことを考える。
「体調は元通りです。頬の腫れもそのうちに引くでしょう。改めてお礼を申し上げたくて、お訪ねいたしました」
「…失礼ですが、お父様の暴力は」
「以前は日常茶飯事でしたが、最近は私がルーファス殿下との婚約を盾にしていたので、表立っては殴ることはありませんでした。婚約話も立ち消え、使い道のなくなった娘に腹が立ったのでしょう」
淡々と話すアロナを見ながら、アルベールは胸の焼ける思いだった。
これはもう、理解できない感情などではない。自分は彼女に、強く惹かれていると実感する。
聡明で優しく、どこか影を帯びた目の前の令嬢を、愛しく思い始めていると。
「虫のいい話ですが、身の振り方を考えるまでもう少しだけお時間をいただけませんか?ロファンソン様が一刻も早くアストフォビアに帰らなければならないことは、重々承知しているのですが」
「あの…フルバート嬢」
「はい」
(絶対断られる)
アルベールは足の爪先にぐっと力を入れると、半ば勢いに任せ思いの丈を口にした。
「僕と一緒に、アストフォビアへ来ていただけませんか?」
(絶対、断られ…)
「せっかくの申し出ですが、それはできません」
瞬間アルベールの全身に、電気が流れたような痛みが走る。覚悟していたはずなのに、思っていた以上に痛い。
「…それはなぜなのか、伺っても?」
「身勝手なのは重々承知しています。これは全て、私の問題なのです。私が…普通とは違うから」
冷静で偏見を持たないアロナのこと、今さら幼女趣味の噂がどうこうなどという理由ではないとは思っていたが、予想外の切り返しにアルベールは僅かに目を見開く。
(ルーファス殿下とのことではないのか)
あまり考えないようにしていたが、彼女の心には前婚約者の面影が残っているのではないかと、アルベールは不安に思っていた。
思えば最初からアロナは、不自然なほどに「ルーファス殿下との結婚は嫌だ」と口にしていた。そのために、自分などに契約結婚を持ちかけるくらいだ。
よほど嫌いなのか、あるいはその逆なのか。男女の感情の機微は、アルベールには分からない。今回のことも、彼にはルーファスがただの節操なしの最低野郎にしか見えなかった。
実際あの事件の時のアロナも、ルーファスよりも唯一助かった三姉妹の末娘・ククルの身を案じている様子だったし、もしかすると彼女は元婚約者の本質を見抜いていたのかもしれない。だからあんなにも結婚から逃れようとしていたのかも、と。
いやしかし、もっと複雑かもしれない。自分だけを見てほしいがために、わざとアストフォビアへ出向き嫉妬心を煽るような行動をとったとも、考えられなくもないような。
「あの。私事で申し訳ないのですが、よければお話させていただいてもよろしいでしょうか」
面倒な男の思考を知ってか知らずか、アロナがおずおずとそう切り出す。アルベールは内心慌てながら、んんと軽く咳払いをした。




