変われない哀れな人達
人の最期というものは実にあっけないものだと、アロナはルーファスの墓石を眺めながら思う。
彼が息を引き取ってからその体は綺麗に湯灌され、教会でミサを受けた後速やかに埋葬された。
イギルキアでは埋葬後に葬列が行われる習わしがあり、それが位の高い貴族であればあるほど、大々的に行われる。今回も例に漏れず、むしろなにかを誤魔化すように盛大に催された。
この事件はローラの責任として収められ、真実を知る者には厳しい箝口令が敷かれることとなった。エルエベが孕っていた事実は闇に葬られ、ローラ以外の登場人物は全員被害者とされた。
姉妹の母であるモルティーナも、どれだけ悔しかろうがこれに異議を唱えることはできない。一家もろとも斬首を免れただけマシだと、そう思うより他はないのだ。
ルーファスの犯した禁忌を黙認する代わりに、彼女達の身の安全も保障された。
一命を取り留めたククルはその後も王宮で手厚い看病を約束され、アロナはようやくほっと肩の力を抜くことができた。
ルーファス達の葬列を終えたアロナがようやく実家に戻ると、両親が鬼の形相で彼女に詰め寄る。父であるサムソンは思いきり手を振りかざし、なんの躊躇いもなくアロナの頬を打った。
強い衝撃により、彼女の体は簡単に吹き飛ばされる。心も体もぼろぼろで、抵抗する気力などどこにもない。
「この恥晒しが!アストフォビアに行ったきりいつまで経っても帰ってこないばかりか、婚約者の手綱も碌に握れないとは!お前のせいで我が家はいい笑いものだ!」
「……」
アロナは自分が、可哀想な令嬢と囁かれていることを知っている。世間体ではなく、ただサムソン自身の自尊心が傷ついただけ。それに彼らは、もちろんエルエベが孕っていたことまでは知らない。あくまで、ローラの独りよがりだったとされているのだ。
「せっかく王族の血をこのフルバート家に取り込むチャンスだったのに…」
さめざめと涙を流すグロウリアを見ても、アロナはなにも感じない。
「まぁいい。私はもともと、あのルーファスという男は嫌いだった。才覚もないただ王族というだけの、女々しい男だ。そんなことだから女などに刺されて惨めに死ぬんだ」
「……」
「お前。アストフォビアで収穫はあったのか。まだ正式な婚約ではなかったのだし、こちらが操を立てる必要などない。あのロファンソンに取り入り、新たに婚約を結ぶことができればそちらの方がずっと利になる」
(体に力が入らないわ)
群青色の瞳は虚ろで、焦点すら定まらない。殴られたことで脳が揺れ、閉じきれない口の端からたらりと血が溢れた。
「どうなんだ。黙っていないで答えろ」
「王家との話がなくなったのだから、あなたはその責任を取らなければならないのよ」
「女など、より有益な家に嫁ぐしか役立つ道はない。お前も分かっているだろう」
そうだ、よく分かっている。
この人達は、なにが起きようとも変わることはないと。
「…ません」
蚊の鳴くような掠れ声で、ぽつりと呟く。
「ロファンソン様が私を選ぶなど、ありえません」
「…お前、なんのためにあそこへ」
「私のことはもう、諦めてください」
今の彼女には、考える力など残っていない。小刻みに体が震えるのは怒りではなく、目の前の両親に対する嫌悪感だろうか。
(もう、どうだっていいわ)
ルタは回復し、ククルも死なずに済んだ。他には、なんの望みもない気がする。
「可哀想な人達だわ」
「お前…っ!」
床に伏しているアロナの頭を掴もうと、サムソンの手が彼女に伸びる。
「お待ちください」
その瞬間、この屋敷ではただの一度も耳にしたことのない声色が、静かに響いた。




