気になって仕方がない
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アルベールがこの地底湖へアロナを連れてきてから、もう五日が過ぎる。セリカに連れられ今日もルタの元へと行ってしまったアロナを、ただじっと待っていた。
彼はゆらゆらと揺らめく青色の湖を見つめながら、つい数日前の出来事を思い出す。
初めてルタと対面したアロナが戻ってきた時、彼女の真っ赤に腫れ上がった瞼を見てアルベールは心底驚いた。
神龍セリカが「フルバート様をくれぐれも丁重に」と残し去っていってから、アロナにどう声をかければいいのか戸惑った。
まさか彼女が本当にルタと対面できたことにももちろん驚いたが、それよりもただならぬ雰囲気を醸し出すアロナのことが、気になって仕方ない。
「酷いことを言われたのですか?」
「まさか、そんなことはありえません」
一蹴されてしまえば、もうどうしようもない。とりあえず会えたのだからそれでいいじゃないかと自身を納得させようとしても、彼の心の騒めきは一向に治らない。
「ロファンソン様」
「なんでしょう」
「頼みがあるのですが」
その内容を聞いたアルベールは、さらに困惑した。
(だって、この洞窟にテントを張ってくれなんて正気の沙汰とは思えないじゃないか)
それはもはや頼みというよりも、アロナの中では決定事項に近かったようだ。もしも断ったら「ではなにもいらないから身一つで野宿する許可を」とでも言い出しかねない雰囲気だったのだ。
アルベールは従者に言いつけ必要なものを持って来させると、アロナの願い通り洞窟の中にテントを設営した。
「申し訳ありません、フルバート嬢。ここには私達以外入れないので、このような小さく簡易的なものしか運べませんでした」
「とんでもありません。寝起きができれば充分です」
表情を変えることもなくそう言ってのける彼女を見て、この女性は本当に公爵令嬢なのかと疑いたくなってしまった。
もちろん令嬢としての振る舞いも教養も完璧なのだが、そういうことではない。むしろ、平民でさえ女性であればこんな場所での生活は例えたった数日だとしても耐えられるものではないだろう。
(どうしてここまで…)
ルタと彼女の間でどのような会話がなされているのか、アルベールは知らない。アロナの様子を見ていると、詳細を問いただすことも憚られる。
どう見ても、ただ契約遂行のためにやっているだけには思えない。アロナは毎日せっせとルタの元へ通い、それ以外は洞窟内を探索したり、テントで体を休めたりしている。
さすがに彼女一人残して自分だけ屋敷に帰ることのできないアルベールは、自身のテントは洞窟から少し離れた場所に設営した。
いくら自領といえど、立場上一人で野宿というわけにもいかない。ここであれば、護衛や従者達をそばに置くことができる。
「アルベール様。フルバート公爵令嬢は、こんな場所で一体なにをなさっておいでなのでしょう」
「彼女は元々、このアストフォビアに興味を惹かれてやってきたんだ。フルバート嬢の好奇心を応援してあげようじゃないか」
戸惑う従者達に適当な方便を使い、アルベールはただひたすらアロナに付き合った。
「私のわがままであなた様にまでこのようなことを強いてしまい、申し訳ございません」
「とんでもない。無茶な頼みをしているのは、こちらの方だ」
「ありがとうございます」
テントから出てくるアロナの目元は、毎朝必ず腫れている。
(…寝不足、という表情ではないな)
アルベールには、彼女が今にも泣きだしたい衝動に駆られるのを必死に堪えている子供にしか見えなかった。




