ひた走る馬車の中で
アルベールの後を追い、アロナは外へ出る。当たり前だが屋敷の中よりもずっと寒く、ぴりっと痛む肌に思わず彼女は顔をしかめた。
「寒いですか、フルバート嬢」
「いえ、すぐに慣れます」
「少々お待ちください」
アルベールは側に控えていた執事長クロッケンの名を呼ぶと、なにやら指示を出す。幾分もかからないうちに、別の執事が毛皮を抱えてやってきた。
「キツネの毛皮です。コートの上にこれを羽織ってください。僕のものなので、少々大きいかもしれませんが」
「お気を遣わせてしまい申し訳ありません」
「これから向かう場所はさらに寒いので、嫌がられると困りますから」
(ああそうですか)
「では、ありがたく」
アルベールが肩にかけようとするのに気づきながら、アロナはにこりと微笑み彼の手からそれを受け取る。
「とても暖かいです。これで、どんなに凍てつく場所に行こうと安心ですね」
「…ふっ」
彼女の嫌味に、アルベールは思わず噴き出す。従順な人形気質かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。まぁ、よほどの変人でなければこんな場所へはわざわざ来ないだろうし、外見や振る舞いとは違うなにかが彼女にはあるのだろうと、アルベールは思う。
そしてそれを、自身が詳しく知る必要もないと。
とはいえ、令嬢達の媚びるような瞳にも、汚物を見るような視線にもうんざりしていた彼にとって、アロナの反応は純粋におもしろかった。
ついちょっかいをかけたくなってしまうくらいには。
二人で馬車に乗り込み、アロナは目的地も聞かずただ黙って従う。馬車の中は暖かく、むわりとした熱気すら感じるほどだったので、直前までこの中で火でも焚いていたのかと、アロナは思う。
「ロファンソン様」
「なんでしょう、フルバート嬢」
「アストフォビアでは、馬車の中でも火を焚くのですか?」
その質問に、アルベールは一瞬首を捻る。
「ああ、違いますよ。乗る前に、沸かした青銅製のやかんをいくつか置いておくのです。あとは、蒸した布を吊るしておいたり、隙間から冷気が入らないよう内側から窓に紙を貼り付けておくのも方法としては良いでしょう」
「とても工夫されているのですね」
「僕は慣れていますが、今は大切な公爵令嬢をお預かりしていますからね」
ーー勝手に押しかけられただけですが
(とでも言いたげな顔ね)
いちいち嫌味っぽいので、もはや麗しの美貌など目に入ってこない。元々外見の美醜にこだわりのないアロナには、特に。
しかし、なるほど。それで余計に湯気が立ち、窓の曇りで景色が一切見えないというわけかと、アロナは一人納得する。
そして、手袋をはめた手で少しだけ窓に触れた。
「やはりここは、美しい土地です」
微かに見える、真白で埋め尽くされた世界。馬の蹄の音が多少鈍って感じられるのも、それはそれで趣がある。
「馬車を暖めてくださり、ありがとうございます」
「いえ、とんでもない」
ただ、形式的な礼を言われただけ。それでもアルベールは、そんなアロナを見て悪い気はしなかった。




