毒蛇と仮面
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翌朝、アロナは部屋で朝食を摂る。煌々と燃える暖炉の火を見つめながら、昨晩アルベールから言われたことを思い出していた。
ーールーファス殿下との婚約破棄については、さほど難しくないかもしれません
(一体、どういう意味かしら)
まさか、自身のためにアルベールが尽力するなどとは露ほども思わない。であればあれに含まれている意味は、ルーファス側の事情。なんらかの事柄を彼は知っていて、それを隠している。
(やっぱり、蛇みたい)
それも、毒蛇。自らを鮮やかな色で飾り立て“私は毒を持っています”と周囲に認知させる。自身を存分に警戒させた上で、一寸の隙をついて喉元に刃を突き立てるのだ。
大きな獲物を喰らい、胃袋でゆっくりと溶かしていく。その間なにもしなくとも、飢えることは決してない。
狡猾で、危険で、頭の回る策士。
そんな男に契約を持ちかけた自分の愚かさに、今さらながら身震いがする。彼が自分を頭から丸呑みにしなかったのは、利用価値があるからだ。
それも、自身には分からない。よって操りようがなく、行き当たりばったりの運任せ。
(こんな性分ではなかったはずなのに)
四度目の人生では、自身のために他者を利用することも厭わないと、そう決めたのに。
いや、今正にアルベールを利用しようとしているわけだが、どうにもいいように転がされているとしか思えない。
(まぁいいわ。やるだけやりましょう)
彼が自分に求めているのは、少女の世話係といったところか。彼女達に飽きられてしまえば終わりというのが、なんとも情けない話だとアロナは思う。
ーー愛してる
(いいえルーファス。あなたは決して、私を愛さない)
例え何度、生と死を繰り返そうとも。
「さぁフルバート嬢。参りましょうか」
てっきり今日も放っておかれるとばかり思っていたアロナは、アルベールの出現に目を瞬かせる。
「失礼ですが話が見えません」
「おや。僕は昨日説明しませんでしたか?」
「ええ、全く」
明らかに確信犯というにこやかな笑みが、絶妙に腹立たしい。アロナの心中が丸分かりのアルベールは、噴き出すのを堪えるように口元に手を添えた。
「揶揄うのはやめていただけませんか?」
「失礼。あなたがあまりにも完璧なもので、つい仮面を剥がしたくなってしまうのです」
(悪趣味野郎)
そんな言葉が浮かんでくる自分を律しつつ、アロナはこの場にいないククルを恨む。
王女でありながら随分砕けた物言いをする彼女の影響で、つい悪態をついてしまった。こと学園に通い出してからは、特に酷いのだ。
(今度会ったら文句を言ってやるわ)
それにしても、幼女趣味に加え人を弄ぶ加虐嗜好まで持ち合わせているとは、なんとも気の毒な人物だと彼女は思った。
少女を愛でる思考には特になんとも感じないが、万が一性的なことを彼女らに強いているのであれば、さすがに気持ちが悪い。
(嫌だわ、あまり考えないようにしましょう)
「フルバート嬢?」
「いえ、なんでも」
「…ふふっ」
(笑わないでよ、この変態)
いつも冷静なアロナであるのに、アルベールに対してはなぜか苛々とした感情が全面に顔を出してしまうのだった。




