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飛び込むしかない

アロナはゆっくりと紅茶を楽しみながら、ふと窓に視線を移す。アストフォビアでは、上質そうな分厚いカーテンがかけられ、夜にはきっちりと閉まっている。きっと防寒の意味もあるのだろうと、なんの気なしにアロナは思った。


濃赤に金の刺繍が施された、重厚感の漂うカーテン。きっとこの向こうには、一面の銀世界が広がっている。


(素敵な色だわ)


さすが辺境伯の城と言えば、少し偉そうだろうか。見栄を張りたがることに命をかけているフルバートの屋敷が、鼻で笑いたくなるほどちっぽけに感じる。


あんな場所に、いつまでも留まっていたくない。


四度目にしてようやく免れた、両親からの折檻。それでもアロナは無意識のうちに、腕の内側をさすった。


「フルバート嬢」

「あ…はい」

「あなたが僕に望むことを教えてください」


唐突な言葉に、アロナは一瞬理解できなかった。その後、アルベールのその短い台詞の中に一体どんな含みがあるのかと、思考を巡らせる。


「そんな風に身を固くせずとも、いきなり噛みついたりしませんよ」


くすくすと笑われたアロナは、思わず頬を染める。


「フルバート嬢もご存知かと思いますが、僕は噂通り変わった性癖の持ち主です。結婚などするつもりもないし、あなたのような淑女(レディ)を愛することもできない。ここアストフォビアは、お世辞にも住み良い場所とは言えません」


アルベールはソファに深く腰掛け、その長い脚をゆったりと組んでいる。白いシャツに黒のスラックスと、いつもよりずっと簡素な格好であるにも関わらず、まるで他者を惑わすような色香は損なわれていなかった。


「あなたには国の第三王子という最高の肩書を持った婚約者がいるというのに、彼との結婚は御免だという。にも関わらず、そこにすげ替えようとするのがまさかこの僕だとは」

「それは遠回しに、現状に満足しろとおっしゃっているのですか?」

「いいえ。その逆です」


アロナはここでようやく、アルベールが言わんとすることを察する。


(この男は私と…)


「取引がしたいと、そういうことですよ」


浮かべられた笑みはやはり胡散臭いと、アロナは思った。


アロナは静かにカップをソーサーに置くと、彼の深い青色の瞳を見つめる。けれどちっとも、その奥底にある考えは読めなかった。


「私が望めば、叶えてくださるのですか?」

「まず聞いてみないとなんとも言えませんが、善処はします」

「どうして気が変わられたのですか?」


彼がこの城の滞在を許可したのは、ただリュート夫人の顔を立てただけだと分かっている。放置していればそのうち勝手に出ていくだろうと思っていたことも。


「それはもちろん、あなたがあの子を手懐けたからに他なりません。エイミという、可愛らしい名まで付けたのでしょう?僕には許されなかったことを、あなたには許した」

「私だったからではなく、きっと偶然では」

「それは有り得ない」


アルベールが断言したことに、アロナは内心疑問符を浮かべる。なぜそこまで、はっきりと言い切れるのだろう。


「全く価値のないただの石ころだと思っていたものが、実はダイヤの原石だったというわけです」

「……」


(人を石ころに例えるなんて、性格が悪いわ)


むっとしたが、顔には出さない。


「価値のあるものを手に入れるためには、相応の対価を支払わねばなりませんから」

「そうですか。では遠慮なく」


アルベールが自分のどこに価値を見出したのか、アロナにはいまいち理解できない。


妻となり幼女の世話をさせると、そういうことなのだろうか。


今までは誰にも懐かなかったから、それができなかった。乳母のような存在として自分は丁度いいと、そう思われたのかもしれないと。


(少し複雑だけど、これはチャンスだわ)


アロナは、口の中に残った砂糖の甘みをこくりと飲み込む。


そして淡々と、無表情で言った。


「辺境伯様。私と契約、致しませんか?」


と。

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