執事長の心痛
支度を終えたアロナは、執事長であるクロッケンから声をかけられた為、食堂に降りて朝食を摂ることとなった。彼によればアルベールがぜひにと言っているらしいが、本音はそうでないと分かっている。
昨夜のアルベールの驚く様を思い出し、アロナはふと考える。あの少女は本当に、人と接することが苦手なのだと。
確かに彼女は、独特の雰囲気を放っていた。髪も目も見たことのない美しい色をしていたし、肌も抜けるように白く滑らかに見えた。
(もしかすると卿は事情のある子達を引き取っているのかしら)
情の深そうな人間には見えなかったが、それを言ってしまえばアロナも同じ。趣味だろうと慈悲だろうと、自分には関係のないことだとアロナは思った。
ラーラと共に食堂に降りると、アルベールの姿はまだなかった。代わりに彼女の側に寄ってきたのはクロッケンで、言いづらそうな表情でアロナに向かって深々と謝罪をした。
「申し訳ございません、フルバート様。アルベール様はのっぴきならないご事情により、食堂にはいらっしゃいません」
「それはどういうことですか!」
真っ先に抗議したのは、アロナではなくラーラだった。眉を吊り上げながら、厳しい表情を浮かべている。
「最初部屋で摂るようにと言われていたのを、わざわざ食堂まで降りてきたというのに…っ」
「やめなさい、ラーラ」
「ですがお嬢様…っ」
ラーラが自分の為に怒りをあらわにしてくれていると分かっているが、相手は辺境伯だ。ラーラに処罰が下るようなことは避けたいと、アロナは彼女を制した。
「ロファンソン様は、なにかお困りなのですか?私で力になれることならいつでも力添えがしたいと、そうお伝えください」
「フルバート様…」
「こちらは面倒をかけている身です。ロファンソン様もお忙しい方でしょうし、私への気遣いは必要ありません」
不憫なのはクロッケンだと、アロナは思う。今までも、主人の態度のせいで他の令嬢に叱責されてきたのだろう。アルベールに直接物申すことができないのならば、その標的はクロッケンとなるのだから。
「ロファンソン様がいらっしゃらないのであれば、ここは使わない方が良いのではないですか?」
「とんでもございません!フルバート様さえよろしければぜひこちらで朝食をお召し上がりください」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
クロッケンは、内心驚いていた。色々な意味でアロナが普通だったからだ。失礼だと息巻くわけでもなく、印象をよくしようと媚びるわけでもなく、ただ淡々としている。
位の高い令嬢であればあるほど、自尊心の高さはむしろ好ましいステータスでさえあるのに、アロナにはそれが見られなかった。
あの悪評に塗れたフルバート家の令嬢とは思えない態度は好印象でもあり、同時にどこか不気味にも見える。
ともあれ、アロナの機嫌を損なわずに済んだことに胸を撫で下ろしつつ、いつまで主人の尻拭いをするのだろうと内心深い溜息を吐いたのだった。




