アロナの誇り
ーーそして今現在、三度目の人生。再び五歳の姿で目を覚ました瞬間、アロナは涙を流しながら神に感謝した。そしてこれはきっと、ルーファスと無事に結ばれるまで続くのかもしれないと思った。
(彼と私は、運命なんだわ)
マフィンを口にして死んでしまった時は、ルーファスの顔も碌に見られないままだった。けれど一度目の時と同じように、涙を流して悲しんでくれたはずだ。
三度目のチャンスを与えられた今度こそはルーファスを悲しませたりしないと、アロナは堅く心に誓う。これは試練なのだ。乗り越えてこそ、自分の愛が本物だと証明される。
(絶対に負けるものですか)
あの三姉妹の、ククルの思い通りにはさせない。自分の死後、深い悲しみに暮れているであろうルーファスをを思うと、胸が潰れそうだった。
アロナの心は、無惨に殺された憎しみよりもルーファスへの愛で溢れていた。叶わなかった恋心は、二度もやり直しの機会を与えられたことにより更にその濃さを増したのだ。
「ねぇアロナ。久しぶりに池に行ってみない?君が外を嫌うのは分かっているけど、敷地内だし少しだけなら問題ないだろう?」
「申し訳ございませんルーファス様。私は行けませんわ」
「…そっか、ごめんね無理に」
現在アロナは、再び無事に十六を迎えた。相変わらずあの三姉妹からはねちねちと嫌がらせを受けてはいるが、こうして無事に生きている。毒矢で貫かれることも、毒入りマフィンを仕込まれることもない。両親から疎まれながらも、彼女は徹底的に警護を固めた。
将来第三王子の妃となるこの身に万が一何かあればフルバート公爵家の家名に傷がつくと脅せば、それ以上追及されることもなかった。
穏やかな気候と豊かな土壌に恵まれたフルバート公爵領は、税徴収に手間取ったことがない。その上山地が少なく他領や王都への行き来も難しくない為に、交易も盛んで領民達の暮らしも他と比べずいぶん豊かだ。
フルバート公爵は決して善人ではないが、己にも厳しい性分だった為に信頼も厚かった。品質管理や公正な税設定の徹底されたフルバート領の品は、どこへ行っても重宝されていた。
三人の令息達もそれぞれが有望に成長し、娘のアロナもまた公爵令嬢に相応しい淑女へと成長した。そして彼女の婚約者は国の第三王子とくれば、フルバート公爵家の評価は上がる一方だった。
けれどそれらは決して、アロナの幸せに直結されることはない。彼女の家が幾ら潤おうとも、心満たされるのはルーファスとの時間だけ。
死を恐れるあまり、ルーファスからの誘いのほとんどを断らなければならなくとも。
厳しい教育故に徹底された表情管理が身につき、愛しい人の前ですら淑女としての態度を崩すことが出来なくとも。
アロナは幸せだった。二度経験した死は、確かに彼女の助けとなっている。
(もう少し、あともう少しの辛抱よアロナ)
アロナに誘いを断られる度に悲しそうな顔を見せるルーファスに、彼女は心から申し訳なさを感じる。
それでも死なないことだけを念頭におき、ただひたすらに耐え続けたのだった。