永い夢
部屋を替えるかどうか問われ、アロナは悩むこともなく首を横に振る。あの少女のことが気になり、もう少し話してみたいと思ったからだ。
「けれど、安心いたしました」
「安心?一体なにに?」
「少女好きという噂は実は嘘なのではと、少々懸念しておりましたので」
とりあえず、ルーファスについての話題をこれ以上続けるのは不毛だと考えたアロナは、ナプキンで丁寧に口元を拭いながらアルベールに向けそう言った。
「三度の飯より少女が好きだと豪語されるほどなのですから、きっとあの子は酷く扱われていないでしょう」
「…まさか、懸念とはあの子を案じての?」
「人に対する怯えようが、普通ではないと感じたので」
それは彼女の本心だった。もしもひどい仕打ちを受けているのならば、どうにかして救い出したいとすら思っていた。
(ロファンソン卿のことは慕っていたようだし、単にあの子の性格なのかもしれないわね)
アロナの耳に、くつくつという笑い声が聞こえてくる。正面に視線をやった彼女は、アルベールが必死に笑いを堪えている様子を目にして、首を横に傾げた。
「なるほど。やはりあなたは風変わりなご令嬢だ」
「自分でも理解しております」
「僕に会いに来る時点でなにかしらまともではないが、まさかあの子の心配をするとは」
若干馬鹿にしたようにもとれるその態度に、アロナは少しむっとする。その後、そう思ってしまった自分自身にほんの少しだけ驚いた。
「クローゼットに少女を囲っているような男を、気持ち悪いとは言わないのですね」
「許容できる範囲は人それぞれではないでしょうか」
同じ人物にもう三度殺されているアロナにとっては、幼女趣味だからなんだというのだろうくらいにしか思わない。それを言い出してしまえば、人生四度目の自分はどれだけ年上か、考えることもしたくないと彼女は思う。
今でも、あれは果てしなく長く最低な夢だったのではないかと、ふと思う時もある。ルーファスの態度はそれほどまでに、色々な意味で“普通”だからだ。
だからこそ、三度目まで気づかなかった。エルエベ達だけが悪なのだと、信じて疑わなかったのだ。
「フルバート嬢?どうかされましたか?」
「…いえ、なんでも。すみません」
エルエベ達にもルーファスにも、復讐したいとは思わない。ククルなんてなぜか仲良くなってしまったくらいだしと、アロナは心中で苦笑する。
ただ、関わりたくないだけなのだ。
「この城にいる間は、好きに過ごしていただいて構いません」
(どうせすぐに根を上げて出ていくと思っている顔ね)
アルベールは、確かに絶世の美男子だ。けれど胡散臭い笑顔のせいでそれが台無しだと、アロナは冷静に思う。
「ロファンソン様。僭越ながら、一つ頼みを聞いていただくことはできますでしょうか?」
「ほう。頼みとは?」
「私があの少女に名前をつけることを、許可していただきたいのです。もちろん、本人から拒否されなければの話ですが」
その言葉を聞いて、アルベールは思う。自分は今日この短い時間で、何度この令嬢に驚かされるのだろうかと。




