互いの利害
これだけ広い食堂であるのに、アロナはあまり寒いと感じなかった。ドレスも靴もサイズがちょうどよく体に馴染んでいる。
(さすがロファンソン卿だわ)
例え追い返す予定の令嬢であってもこうして手厚くもてなしてくれることに、アロナは素直に感心していた。
夕食も寒冷期とは思えないほどに豪華で、肉や魚がずらりとテーブルの上にひしめいていた。
アルベールの一声とともに、二人はグラスを合わせる。黙々と食べ進めていたところで、アルベールがおもむろに口を開いた。
「さて、フルバート嬢。僕はあなたにお聞きしたいことがあります」
「はい、どのようなことでしょう」
「あの子を懐柔した方法を教えていただきたい」
そう言われたアロナは、頭の中でアルベールの言葉を噛み砕く。つまり彼は少女がただ単に懐いたのではなく、なにか卑怯な手を使ったと考えているのだ、と。
(聞かれても分からないわ)
自身が小さな子供に好かれるようなタイプではないことはよく分かっている。権力や打算の通じる相手ではないだろうし、アロナの方が理由を知りたいくらいだった。
「ロファンソン様の仰りたいことは理解できますが、私にも分からないのです。彼女は私のことを“不思議な匂いがする”と、しきりに口にしていました。あの子にはなにか特別な力があるのですか?」
「もしもあったとしたなら、思い当たる節が?」
「いいえ、全く」
この広い世界のどこかには、自分の知らないことが数え切れないほどあるのだろう。フルバート家の長い歴史の中には、残念ながらそういった類の力は授けられていないが。
アロナは興味津々であるという本心を、なるべく表情の裏に隠した。
「でしたらこちらも、お答えすることはありませんね」
「あの子は本当に、ロファンソン様以外には姿を現したことがなかったのですか?」
「ええ。今日あなたの傍にいるのを見るまでは」
(ロファンソン様は、本当に少女のことを心配しているのね)
悪評高いフルバート家の娘がなにかしでかすのではと、警戒している心情が透けている。
しかしそれは全くの杞憂であり、ルーファスとの婚約破棄の為にはロファンソンの力が必要ではあるものの、だからといってあの少女を使ってどうこうしようという気は毛頭ない。
「僕の噂はもちろんご存知ですよね?」
「それがどこまでのことを示すのか分かりません」
「三度の飯より少女が好きだと」
にこにこと柔和な笑みを浮かべながらそう口にするアルベールを見ながら、アロナも同じように微笑んでみせる。
「私には同等かそれ以上の枷があります」
「枷とは、フルバートのこと?それとも第三王子との婚約?」
「どちらもです」
この男に嘘をついても意味はないだろうと、アロナは包み隠すことなく真実を告げた。さすがに人生四度目だとは言えないが。
「あなたはルーファス殿下のことがお嫌いなのですか?」
「そうではありませんが、私はなにがあっても絶対にあの方と添い遂げる気はありません」
「それはなぜ?」
「話したところで、理解していただくことは難しいかと」
アロナの言葉に、なぜかアルベールは愉快そうに口元を弛める。
「そう思っているのは、あなただけではないかもしれませんよ」
「彼についてなにかご存知なのですか?」
「さぁ?それはどうでしょう」
こんな辺境地に住んでいても、ロファンソンの名は絶大だ。きっと彼の駒などいくらでもいて、自分が知り得ない情報を掴むことなど
造作もないのだろうと、アロナは思う。
(蛇みたいな人だわ)
ルーファスと婚約解消するために利用しようとしているのだから、自分も人のことは言えない。けれどアルベールのなんとも言えないぬめっとした物言いが、あまり好きではないと感じるのだった。




