あの子を思い出す
白水晶のごとく澄んだ瞳がただただ自分を見つめていることに、アロナは居心地が悪い思いだった。
一切の曇りもない、興味や好奇心という感情だろうか。自ら触れてこようとはしないものの、最初から考えるとかなり距離が近い。
テーブルの上にたくさんあったお菓子もすっかりなくなり、アロナは少女の口についた食べかすを拭ってやったが、嫌がる素振りは見られなかった。
謎の少女はアロナの足元で、ひたすらにアロナを見上げている。彼女以外の人間が部屋へ入ってくると怯えたように瞳を揺らしクローゼットへ隠れてしまう。
その姿がやけに不憫に見えて、結局ラーラさえ入室させないように言いつけたのだった。
「ねぇ、いつまでもそうしていても退屈でしょう。なにかして遊びましょうか」
一瞬、表情が輝いた気がする。長い髪を結ったおかげか、先程よりも機微が分かりやすくなったとアロナは思った。
(懐いてくれるのは嬉しいわ)
初対面にも関わらず、なぜ自分にだけ話してくれるのか、その理由は分からない。けれどアロナは、少女のことを可愛いと感じていた。
「一緒に本を読む?といっても、字は読めないわよね」
幼少期より現実的だったアロナは、絵本というものをほとんど読んだことがない。それどころか子供らしい遊びすらしてこなかったために、どんなことをすれば少女が喜んでくれるのか、さっぱり思いつかなかった。
「そうだわ」
ぱっと思いつき、彼女はぽんと手を叩く。クローゼットに隠れているよう少女に告げると、ラーラとマンサを呼んだ。
しばらくの後、アロナは人払いをする。ラーラ以外のメイド達にはかなり訝しがられたが、それも仕方ないことだとアロナは気に留めなかった。
この城にやってきた時、ロファンソンと夕食を共にするということでドレスを選ぶようにとマンサから言われたことを、アロナは思い出した。そこで急遽、少女でも着れるようなサイズのドレスを用意するよう、マンサに頼んだのだ。
ロファンソンは常に側に幼い少女を連れていると聞いた、そのくらいの用意はすぐに出来るだろうと彼女は踏んだ。案の定、想像していたよりもずっと早くそしてたくさんのドレスが客間にずらりと並べられた。
自分の分のドレスは数着で構わないとアロナに告げられた時、マンサは大きく目を見開き驚いていた。小さなサイズのドレスを用意しろという意味も分からないのに、自身のドレスは適当でいいなど一体どういうことか、と。
主人であるロファンソンから、アロナのことは好きにさせるようにと仰せつかっている。今までもそうだったように、直接自身に会えばすぐに踵を返し王都へ逃げ帰るだろうと踏んでいるのだろう。実際、アロナとラーラ以外の人間は全員がそう思っている。
それなのに、今までの令嬢とは全く違う頓狂な依頼をするものだから、マンサはアロナのことをどう見ればいいのか分からなくなってしまった。貴族特有の高飛車な雰囲気はないが、表情が分かりにくい。
アロナは自身の支度もさせず、自分達を締め出してしまった。ラーラに聞いてみても「お嬢様は決して悪い方ではありません」と、曖昧に笑って誤魔化すだけ。
とりあえずあとは主人に任せようと、マンサはアロナの指示に従ったのだった。




