そして北の地へ
結局、アロナはルーファスから逃げるようにアストフォビアへとやってきた。このもやもやとした胸の内を、どう消化すればいいのか分からない。
(どうして彼はあんなことを)
ーー君を愛してる
それはアロナが、三度の人生を賭けてでも欲しかった言葉。望みを完全に捨て去った四度目に贈られるなど、なんという皮肉だろう。
さすがのアロナも動揺し、ルーファスに対しなにも返すことができなかった。彼もただ自嘲気味に笑うだけで、アロナに求めることはしなかった。
あれは本心なのか、それともロファンソンに対する対抗心からくるものなのか、アロナには判断がつかない。それ以上考えることは不毛なので、彼女はルーファスを頭から追いやった。
(もし本当だったとしても、無理だわ)
今更どの口が、と一発頬を殴ってやれば良かったと思ったが、今のルーファスには関係のないことでもある。それに腹が立つというよりも、アロナはただ不思議だった。
今回自分は、ルーファスに対しほとんどなにもしてこなかった。学園にも行かず、会いにも行かず、婚約者としての妃教育を粛々とこなすのみ。当たり障りのない態度しか取らなかったのに、なぜあんなことを言い出したのか、アロナは解せなかった。
とまぁ、いつまでもルーファスを気にしていてもしかたのない話。彼との未来に破滅しか見出せないアロナは、ただ黙ってがたがたと揺れる馬車に身を任せたのだった。
ーーそして約五日かけて、アロナはアストフォビアへと辿り着いた。リュート夫人の話では、もはやこの地は独立国家にも等しく全てがロファンソンの手により治められているらしい。
(辺境伯様は確か二十七だったかしら)
結婚を考えるならばとっくに適齢期を超えているが、この広大な土地を治める領主としては幾分年若い。幼女趣味の変態と呼ばれようとも、随分と優秀な人なのだとアロナは感心していた。
目の前に聳え立つ大きな城は、限界まで首を上に傾けてもその天辺が見えないのではと思うほど。重厚な門は屈強な門番数人がかりで開けられ、アロナの馬車は中へ通された。
「ようこそおいでくださいました。アロナ・フルバート公爵令嬢。私は執事長のクロッケンと申します」
馬車から降りたアロナは、初めて自らの足でアストフォビアの地を踏みしめる。
(不思議…王都よりも柔らかく感じる)
しんしんと何層にも降り積もった雪は、馬車や足で固められているから硬いはずなのにと、アロナは思う。
「失礼、どうかされましたか?」
「あ…申し訳ございません。宿屋で休息を取る以外はずっと馬車に乗ったきりだったので、今ようやく自分はアストフォビアに来たのだと実感していました」
アロナの言葉に、クロッケンは優しげに目を細める。品の良さそうな初老の男性だと、彼女はクロッケンを好印象に捉えた。
「改めまして、私はフルバート公爵家長女、アロナ・フルバートと申します。本日はどうぞよろしくお願い申し上げます」
慣れない雪の地でも、アロナは完璧なカーテシーを披露してみせた。




