予想外
両親を説得し、アロナはロファンソン辺境伯の元へと出立する準備を整えた。手こそ上げられなかったが、相当辛辣な台詞を投げつけられたアロナは、さっさとこの場所から逃げ出したくて堪らなかった。
「アロナ」
ルーファスにこのことは伝えていなかったのだが、どこから知ったのか彼は出立の前日にフルバートの屋敷までやってきた。
「まぁルーファス殿下。どうぞこちらへ」
アロナの母グロウリアは嬉々として、ルーファスを一等豪華な来賓室へ通した。その姿を見るに、ルーファスに知らせたのはグロウリアなのだろうとアロナは思う。
父サムソンは、内心ルーファスを良く思っていない。頼りない、甲斐性がないといつも愚痴を溢してばかりだ。評判を抜きにすれば、ロファンソン辺境伯の能力や財力、莫大であろう資産などサムソンにとっては魅力的なものばかりだ。
アロナが両親と縁を切りたいが為に北の地へ行こうとしているなどとは、考えていないのだろう。反抗してみても結局、親には逆らえないのだと高を括っている。
一方のグロウリアは、ルーファスに流れる王族の血が欲しくて堪らない。自身が貧しい子爵家の出により苦渋を舐めさせられてきた為に、娘が王族と結婚しその子供を産んだという箔を手に入れたいのだ。
(まぁ、貴族なんてそんなものよね)
今更両親の愛など欲しくはない。三人いる兄も両親同様、アロナを道具として見下しており、彼女は兄達のことも見限っている。
血の繋がった家族よりも、関係のない他人の方が自身に親切に接してくれることが、アロナは不思議だった。同時に、嬉しくもある。優しくされた分だけ、それを返したいと思う。
「ルーファス様。突然どうされたのですか?」
これまでルーファスが知らせもなしに訪ねて来たことなど、過去の三度を合わせても一度もなかった。思えば自分は大して大切にされていなかったのだと、アロナは思う。
「君が、明日からアストフォビアへ発つって聞いたから」
「ええ。一年の半分が冬という未開拓の地を、この目で見て学んでみたいと思ったのです」
「それは、アロナの本心?」
ルーファスの言葉に、アロナはぴくりと眉を動かす。彼の指摘に少し驚いたからだ。
「学園で噂になってるんだ。君がロファンソン辺境伯に恋焦がれているって」
「そんな噂が…ルーファス様にはさぞご迷惑をかけていることでしょう。申し訳ございません」
「そんなことは良いんだ」
一見いつものルーファスのようだが、どことなく虚な瞳をしていることが気にかかる。陰の気をひたすらに隠そうとするのがルーファスという人間であるのに、今日の彼が纏う空気は正にそれだった。
「君は本当に、あのロファンソン卿に焦がれているの?」
「…ルーファス様」
「君は、僕の婚約者なのに」
ルーファスの指が、アロナへと伸びる。思わず後退りした彼女を見て、ルーファスははっとして「ごめん」と呟いた。
(おかしいわ。ククルの話では、ルーファスはカリーナ嬢と仲を深めていると)
アロナの知るルーファスは、執着心のない男だった。エルエベ達が殺害計画を立てても、それを止めようとしない。彼にとって自分はその程度の存在でしかなく、しかも三度も繰り返した。
「ルーファス様。私はかつてあなたの側近だったあの男達同様、王妃様によって選ばれた婚約者です。あなたの意思ではないことが、ずっと心苦しかった」
よくもこんな嘘がすらすらと出るものだと、アロナは自身に感心してしまった。
「確かに君の言う通り、最初はそうだったかもしれない。でも今は違う」
「ルーファス様」
「僕は君のことを、心から愛してる」
まさか今この瞬間、彼の口からそんな台詞を聞くと思っていなかったアロナは、思わず息をすることすら忘れてしまった。




