幸か不幸か
そしてもう一つ、アロナにとっては嬉しい知らせが届く。リュート夫人が、ロファンソン辺境伯との約束を取りつけてくれたのだ。
「感謝します、夫人」
「くれぐれも無茶をしてはダメよ」
夫人は、アロナがロファンソンに近付くことを未だに良しとしていない。彼女から見ても確かにルーファスという男は頼りないが、それでも彼はれっきとした国の王子だ。
なにかをしでかすような度胸もなさそうで、継承権争いなど起こすような人物ではない。日の目を見ることはないだろうが、きっと厄介ごとも持ち込まない。
そんな彼を、どうしてアロナが「ルーファスだけはダメだ」というのか、夫人はどうしても理解ができなかったのだ。
あのロファンソンよりも嫌悪する、その理由が分からない。
「ロファンソンはあなたと会う代わりに条件を出してきたわ」
「確か、会いたければ自身の領地に来いと」
「今までどの女性にも、あの男はそう言っていたようね」
ロファンソンが所有する神秘の地・アストフォビア。そう言えば聞こえはいいが、要するに未開拓の地。そもそも開拓したところで、年の半分が凍てつく寒さに覆われているアストフォビアではロクな作物は育たない。
あの閉鎖された領地で一体どのような方法で多額の税を納めあの地位を築いているのか、詳しくは誰も知らない。
聞かれたところでロファンソンは「運がいいだけですよ」と、ただ笑いながらけむに巻くのだろう。
「リュート夫人」
「はい」
「私がもしもこの地を離れても、忘れないでいてくださいますか?」
そう口にした後アロナはすぐに「申し訳ございません、どうかなかったことに」と謝罪する。夫人はそっと彼女の手を取った。
「アロナ。あなたは優しく、そして少し臆病です」
「臆病…私が、ですか?」
確かに、怯えているのかもしれないとアロナは思う。四度目の人生は確かに、これまでとは全く違う。けれどだからといって、それが幸とは限らない。
(死ぬことが怖いの?それとも)
誰からも愛されない。
本当はなによりも、それに怯えているのかもしれない。
「たとえ離れようとも、あなたはいつまでも私の大切な教え子です」
「…ありがとうございます、リュート夫人」
「きっと、全てはもとある場所に」
(もとある場所、か)
ルーファスを愛したかつての自分は、無駄だったのだろうか。両親の折檻に耐え、エルエベ達の執拗な嫌がらせに耐え、必死に妃教育をこなし、ルーファスの愛を欲した。
あの頃の惨めな自分は、チリのように跡形もなく消え去ったのか。その答えは、きっと今は出ないとアロナは思う。
今は自分が出来ることを、自分の為に。
想像もつかない未来の自分に想いを馳せながら、アロナはリュート夫人の掌の温かさをゆっくりと感じていた。




