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親心

とはいえ、ロファンソンが優秀な男であることもまた否定は出来ない。彼の領地であるアストフォビアは、未だ神秘に溢れた未開拓の地と呼ばれている。深い渓谷と大した緑もない岩山に囲まれ、一年の半分は冬という厳しい環境下ながら、この国の辺境伯の中でも国に納めている税はトップクラスだ。ゆえに国王でさえ、ロファンソンには口出し出来ない。


それに、アロナがなんの意図もなくこんなことを言い出す性分ではないと、リュート夫人は信用を置いている。可愛い娘のような存在だからこそ、彼女には幸せになってもらいたいと思っているのだ。


「立ち入ったことを聞くようだけれど、ルーファス殿下とはあまりいい関係を築けていないのですか?」

「彼と結婚するつもりはありません。この地に私の望む平穏はあり得ませんから。それだけは、なにがあっても変わらない事実です」


どうしてそこまで断言できるのだろうかと、夫人は疑問に思う。アロナの群青色の瞳にははっきりとした意志が宿り、寸分の揺らぎもない。


ルーファスという人物が温和に見えて裏では非道な男なのか、それとも両親から離れたいがためなのか、リュート夫人はさまざまな考えを巡らせた。


「夫人に迷惑がかかるようなことはしないとお約束します」

「私の身を案じる必要はありません」


アロナには分かっていた。リュート夫人は心から自分のことを心配してくれているのだと。それは彼女の心を温め、また同時に罪悪感を植えつける種となった。


(ごめんなさい、夫人)


同じ時を何度も過ごしているなど、誰にも言えるはずはない。言ったところで信じてはもらえないだろうし、信じてもらえたとして余計なことには巻き込みたくない。


「…私はただ、心静かに過ごしたいのです。今度こそ」


無意識に溢れた胸の内に、アロナははっとする。一度出た言葉を飲み込むことなど出来ず、彼女はそろりとリュート夫人の表情を窺う。


「分かりました。私にできることであれば、あなたに協力しましょう。ロファンソンと接触の機会を設けられるよう、尽力します」

「ありがとうございます、リュート夫人」

「ただ、一つだけ約束をしてください」


夫人はアロナの手をそっと握ると、優しく目を細める。目尻に寄った皺が弧を描いた。


「辛い時は必ず私に相談すると」

「…リュート夫人」


柔らかくて、温かな手。母親のそれを知らないアロナにとっては、リュート夫人の言葉や行動の数々がかけがえのないものだった。


「夫人のおかげで私は、この家でも穏やかに過ごすことが出来ています。本当に、ありがとうございます」

「私はあなたの家庭教師ですからね」


目を見合わせて笑う二人は、まるで仲睦まじい親子のようだった。

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