夫人から見た辺境伯
いつも通りつつがなくレッスンを終え、リュート夫人とアフタヌーンティーを嗜む。この習慣をもう、何年続けているだろうとアロナは思った。
「あなたの口からロファンソン辺境伯の名前が出るなんて。私は今とても驚いています」
「夫人はいつも冷静ですから、そうは見えません」
軽口を叩き合いながら、二人は静かに微笑む。リュート夫人は小さなクッキーを綺麗な所作で口元に運ぶと、アロナの話に耳を傾けた。
「そうですか。あの方のことをもっと知りたい、と」
「はい、そうです。どうか、夫人のお力を貸していただけないでしょうか」
「それは構いませんが…」
リュート夫人の歯切れは悪い。夫人の人脈を以てすれば、あの変わり者ロファンソンとアロナを引き合わせることも出来る。けれどそれが本当に彼女の為になるのか、計りかねていた。
アルベール・ジャック・ロファンソンという男は、その変わった趣味嗜好以前に得体の知れない気味の悪い人物だと、リュート夫人は思っていた。数年前たった一度、夫人の邸宅にて開かれたパーティーにロファンソンが訪れたことがある。夫人はそこで、噂の辺境伯を初めて目にした。
彼は確かに、大勢いた参加者の中で一番目立っていたといっても過言ではない。シャンデリアの下で輝く金髪と、中性的な美しい顔立ち。すらりとしたスタイルと、終始浮かべられた物腰柔らかな笑顔。年若き女性であればなおさら、ロファンソンの美貌に虜になっただろう。
「アルベール様。お話よろしいですか?」
噂の奇妙さが勝つか好奇心が勝つか。後者が勝った数人の令嬢が、しなやかな動作でロファンソンの傍に寄る。彼は一見すると、とても友好的に見えた。加えてあの美貌となれば、あながち噂はデタラメなのでは?という考えが浮かぶのも無理はない。
「おや、これはこれは」
自身に近づいてきた令嬢に向かって、ロファンソンはにこりと笑みを浮かべる。そしてその表情のまま、うっとりとするような甘い声色で彼は話し始めた。
「あなたは、子供はお好きですか?」
「えっ?え、ええ。好きですわ。幼い子はみんな無垢で可愛らしいですもの」
「無垢、ねぇ」
ロファンソンは、鼻で嘲笑する。
「ではその無垢で可愛らしい存在の為に、己の命さえ投げ出すことになっても構わないと、そう言えますか?」
「は…?」
「噂はご存知でしょう?僕は三度の飯よりも、幼い少女を愛でるのが趣味なのですよ」
遠巻きに見ている者達は、彼がロマンチックな愛の言葉でも囁いているかのように見えただろう。ロファンソンという男はそれほどに美しく、妖しい色香を含んだ人物だった。
「そ、そうなのですね。アルベール様はとても慈悲深くて素敵な…」
「そういえば少し気になっていたのですが、僕はあなたに名前を呼ばれるほどの間柄でしたか?」
「えっ?あ、あの」
「僕の記憶違いでしたら失礼、レディ」
ロファンソンの言葉に、その令嬢は顔を真っ赤にしてわなわなと震えた。わざわざ「お前の名など知らない」とアピールするような彼の言動は、側から見ていても実に小意地が悪い。決して間違ったことは発言していないが、それでも周囲はその令嬢の方を気の毒に思った。
「では、僕はそろそろ」
にこりと浮かべた笑みは、それは美しかった。けれどその深い海のような神秘的な瞳の奥は、冷たく凍てついている。
リュート夫人は得体の知れぬロファンソンを見て、思わず背筋を震わせた。そんな彼女の胸の内を知ってか知らずか、ロファンソンは優雅な足取りでリュート夫人の元へとやってくる。
彼はすっと後ろ足を引き、手を胸に当て恭しく挨拶をしてみせる。鋭い鑑識眼の持ち主である夫人は、一目見てロファンソンの性分を理解した。
「本日はお招きいただき光栄です。美しきリュート夫人」
「こちらこそ、お越しくださり感謝いたします。私のような者にまでそのような表現をしてくださるとは」
暗に「若くなくて悪かったわね」という含みを持たせたのだが、ロファンソンはただ柔和に微笑むだけだった。
パーティーの間中、彼は言い寄ってくる令嬢達をにこにこと笑いながら片っ端から蹴散らしていく。正面切ってはっきりと断ることはないが、実にねちっこく嫌味な言い方ばかりで、リュート夫人のロファンソンへの評価は下がっていく一方だった。
そのくせ、参加していた侯爵とは領地に関する有益な取引についてちゃっかりとまとめていたものだから、夫人は「実に食えない男である」と思わず顔を顰めたのだった。




