身の振り方
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自分の意志ひとつで人生とはこんなに輝くものなのかと、アロナは驚いていた。両親の操り人形、ルーファスの愛の奴隷、そしていつ殺されるか分からないという死の恐怖。
どうにもならないと思っていたことも、自身が変われば周囲も変わる。
(私今、とても満たされているわ)
部屋で優雅に紅茶を嗜みながら、アロナは分厚い名簿に目を通していた。現在十四になったアロナは、あと一年で社交界デビューが決まっている。社交会や有力貴族について精通しているリュート夫人から、彼女が纏めた貴族名簿を借り受けることができた。
これ以上に貴重で、役に立つものはない。これまでの人生とは違い、アロナは貴婦人達の茶会にも頻繁に顔を出している。その甲斐もあってか、彼女は順調に信頼のおける貴族を味方につけていた。
ククルとは変わらず関係を育み、アロナも彼女のことをまるで妹のようだと感じていた。ルーファスが絡まないククルは素直で可愛らしく、自身とは正反対の性格や考え方が新鮮で刺激的だった。
エルエべやローラの機嫌を取ることも忘れない。決して彼女らの前には出ず、ルーファスの婚約者であるということも前に出さない。特にエルエベの自尊心を傷つけるようなことは徹底的に避け、無難な相手であると示した。
(この人達とはきっと仲良くなれない)
そもそもアロナは、ククルとも仲良くなる気はなかったのだが。あれだけ無邪気に懐かれては、好きになるなという方が無理だ。
次女ローラは姉であるエルエベを盲信しているが、本人は争いを好まないきらいがある。他人の評価を気にして、嫌われたり馬鹿にされたりすることを恐れているのだ。エルエベがいなければ、ローラひとりで大胆な行動は絶対にできないだろう。
そしてエルエベは以前の自分に似ていると、アロナは思う。故に決して相容れない。
残念ながら、両親はなにも変わらない。けれどそんなことはもうどうだっていい。従わなければ生きていけないという考えは間違いだと、気付いたからだ。
(あと一年で私は十五、ルーファスは十七になる。そろそろ考えなくては)
彼が十八になれば婚約は正式に認められ、その後すぐに結婚式が盛大に行われるのがイギルキアの習わし。そうなる前に、ククルの手助けなしにルーファスと婚約破棄をしなければならない。
リュート夫人の名簿は実に分かりやすく、名前や階級だけでなく簡素な家系図や為人まで記されている。これを渡すということは、相当の信頼関係がなければ難しいだろう。
「あら、この方…」
名簿の末尾の方にぽつんと書かれた名前。アロナはそこをそっと指でなぞる。
「アルベール・ジャック・ロファンソン…」
間接的に耳にした噂でこの男を知っているが、その中にいい話が混ざっていたことはただの一度もない。
“幼女趣味の変わり者辺境伯”
それはもう通り名のように、貴族中に浸透している。アルベール・ジャック・ロファンソンは、幼い子供にしか欲情しない変態であると。縁談が舞い込んできても、彼の屋敷を訪れたどの令嬢も、十日と経たずに逃げ出してしまう。
あの男は頭がおかしいし呪われていると、口を揃えて言うらしい。それと同時に、こうも口にするのだと聞いた。
「まるでこの世のものとは思えぬ、恐ろしささえ感じるほどの美しい姿をしていた」と。




