引き金
それでも、ルーファスに彼らを側近から外すという選択肢は浮かばない。そんなことをすればどうなるか、火を見るよりも明らかだったからだ。
「アロナ。君の助言はありがたいよ。だけど、僕にはその権限がないんだ」
「なぜですか?彼らはあなたの側近でしょう。背を預けることになる存在を自ら選ぶことは、当然の権利なのでは?」
「確かにそうだけど…」
アロナに深い意図はなかった。ただあの側近二人が癪に触ったから、進言しようと思っただけ。どうするか決めるのはルーファスであり、本来ならば自身に口出す権利もない。
けれどここまで優柔不断な態度を見ていると、さすがに苛立ってくる。
「確かにルーファス様のお立場も理解できます。ですが信用の置けない者をいつまでも側に置いておくのは、あなたの将来の為には決してなりません。ましてただの使用人ではなく、彼らは側近という立場なのですから」
「アロナ…」
きっとルーファスはなんの行動も起こさないだろうと、アロナは思っている。
(私はちゃんと忠告したわ)
これだけでも、彼女の良心は救われた。後のことはもう、どうなっても構わない。
「嬉しいよ、アロナ。僕のことをそこまで想ってくれるなんて」
そんな台詞を吐きつつも、ルーファスに彼らを突き放す度胸はない。
「お決めになるのはルーファス様です。けれど、一つだけ。私が正式にあなたの妻となっても、彼らを近づけることはやめてください。あのような性的ではしたない発言をされ辱められることは、到底許せませんから」
彼女がそう口にしたその瞬間、ルーファスの顔色が変わった。
翌日、アロナにとっては青天の霹靂となる出来事が起こる。なんとルーファスは、彼女の助言通りダイノとエドモンドを側近から外したのだ。
正確に言えば、ここは別邸であり正式な手続きは行うことが難しい為に、まだ追い出しただけに過ぎない。けれどルーファスは、彼らを側近として側に仕えさせることを明確に拒否した。
「アロナの言う通りだったよ。彼らは僕を散々罵倒して去っていった」
ルーファスはただ苦笑しているだけだが、末男とはいえ仮にも一国の王子がそんな口を叩かれたことは、彼のプライドを大いに傷つけただろう。
「王宮に戻ればきっと僕は、王妃から責められるだろうけどね」
「王妃陛下には、私が言い出したことだとおっしゃってください」
「まさか。最終的に決めたのは僕だ。君に責を負わせるなんてそんなことあり得ない」
とんでもないと言いたげに、ルーファスは力強く首を左右に振る。
「ここに滞在できるのもあと少しだ。このことは一旦忘れて、楽しもう」
「はい、ルーファス様」
アロナを見つめるルーファスの瞳は、まるで女神でも崇めているかのような色をしていた。この件でアロナは自身の首を大いに締めたのだが、彼女はその兆しに全く気が付いていなかった。
「アロナ」
「はい」
「ありがとう」
嬉しそうなルーファスを見てもアロナの心は凪いでいたが、悪い気分にはならなかった。




