互いに秘めたる
そして十三歳の夏。王立学園も夏季休暇となり、相変わらずククルとのやり取りも続いていた頃。
アロナはルーファスに誘われ、王家所有の避暑地に訪れていた。王都から馬車を少し走らせた場所にあり、なだらかな山と美しい湖が特徴の長閑な地だ。
当初アロナはククルを誘うつもりだったのだが、彼女は彼女で学園の友人から別荘への招待を受けていた。そこにククルの想い人である公爵家の令息も来ると聞けば、無理強いをすることはできなかった。
――ごめんね、アロナ。
当初二人の利害関係は一致しており、ククルはルーファスを、アロナは婚約破棄という未来を手に入れる為の共闘でしかなかった。
ところがいつしか互いの間にはそれ以上の感情が生まれ、特にククルは実の姉達よりも遥かにアロナのことを慕っている。
ルーファスに興味がなくなったことで、自分はもうアロナの役には立てなくなってしまうのではと、彼女は気を揉んでいた。
――私のことは気にしないで、どうか休暇を楽しんで。
アロナはククルへの手紙にそう書いて、ルーファスとこの避暑地へやってきたのだった。
「ここは王都よりもずっと涼しいね」
「ええ、そうですね」
「嬉しいよ。アロナとこんな風に休暇を楽しめるなんて」
にこにこと柔らかな笑みを浮かべるルーファスに、彼女も同じく微笑んでみせる。
胸の内は冷え切っており、なんの感情も湧かなかった。
(ククルの言っていた通りだわ)
――誰にでも平等に優しいのは、本当は誰にも優しくないのと同じ。
もちろん、これに当てはまらない根っからの善人もいるだろうが、少なくともルーファスは違う。
アロナを見殺しにし、あたかも被害者面をしていたこの男は、結局己が一番可愛い利己主義者だ。
(私のこともククルのことも、本当の意味では愛していなかったのね)
こういう善人の皮を被った傍観者が、一番タチが悪いとアロナは思う。ルーファスが優しい性格であることも、誰かを傷つけたくないと思う心を持っていることも、紛れもない事実。
悪人にもなりきれず、曖昧な態度が結局周囲を傷つける。
「アロナ見て!今川の中で魚が光ったよ!」
陽光に照らされ輝く水面を指差し、屈託のない表情で笑う。
「見逃しました、残念です」
「そっか。でも大丈夫。時間はまだたっぷりあるから」
「…はい、ルーファス様」
中途半端なルーファスは、結局誰からも愛されない。ある意味では最も可哀想な人なのかもしれないと、アロナは湖を見つめながら静かに目を細めた。
「あのさ、アロナ」
「はい」
「…ううん。なんでもない」
爽やかなそよ風に遊ばれているアロナの群青色の髪を見つめながら、ルーファスは微かに頬を染める。
彼に視線を向ける気のないアロナがそれに気づくことはなかった。




