ルーファスの従姉妹
「こんにちはアロナ。そのドレス、とてもよく似合っているよ」
「恐縮でございます、ルーファス様」
完璧な淑女の礼をしてみせると、ルーファスは穏やかに微笑む。十五になったアロナの体は既に、頭のてっぺんから足の先にまで貴族のなんたるかが染み込まれていた。
(ああルーファス、今日も笑顔が素敵)
内心ではとろりとした笑みを浮かべながら、その群青色の瞳は恋する乙女の光を宿している。アロナは心の中でだけ、愛する婚約者を呼び捨てにしていた。
現実ではそんなこと、恥ずかしくて到底出来ない。彼からは何度も呼び捨てで構わないと言われたけれど、アロナはその度に首を左右に振っていた。
「見て。今日はあの子達からマフィンを貰ってきたんだ。君と一緒に食べようと思って」
王都にあるフルバート公爵家の別邸にて、ルーファスが嬉しそうにそう口にする。彼の持参したマフィンをフルバート家の給仕係が金縁の皿に載せ、二人の前に差し出した。
(…正直、食べたくないわ)
あれはまだ記憶に新しい。二回目の人生でのこと。彼女は今と同じようにルーファスの持参したマフィンを口にし、そして死んだ。
毒を盛った犯人が彼ではないことは、アロナには分かっていた。真に彼女を殺そうとしたのはルーファスではなく、彼の“従姉妹”達なのだということも。
ルーファスには三人の従姉妹が存在する。上から順に、エルエべ、ローラ、ククル。彼女達は三姉妹であり、王妹の娘というとても高い地位だった。蝶よ花よと育てられた三人には思い通りにならないことは、一つだってなかったのだ。
アロナという、目の上のたんこぶを除いては。
三姉妹はルーファスをとても気に入っており、特に三女のククルに関してはそれが顕著だった。自分を優しく甘やかしてくれる、歳上の穏やかな男性。もうずっと昔から、ククルは恋に落ちていた。
しかしイギルキア国では、王族同士の近親婚を良しとしていなかった。遥か昔、私利私欲の為に近親婚を繰り返したアルフォンソの祖先が、結果として短命や奇形児誕生などの悲劇に見舞われた為だ。
しかしこれはあくまで暗黙の了解としてのものであり、ククルは諦めていなかったのだ。
その為彼女は、ルーファスの婚約者であるアロナのことを忌み嫌っていた。
殺すことなど、全く厭わなかったのだ。
可愛い妹とルーファスの為、姉達も積極的にアロナを虐めた。
愛しい婚約者の為と一人耐えていたアロナだったが、殺されてしまってはどうしようもない。
(もう二度よ!私は二度も、あの方達に殺されているのよ)
感情を押し殺すことが得意なアロナも、流石にうんざりしていた。
しかしどれだけ悔しくても、彼女達には敵わない。以前それとなくルーファスに訴えたこともあるが、
「彼女達は少し我儘なところがあるけど、心根は綺麗なんだ。将来僕の妃となったら、アロナにとっても彼女達は家族だ。だから仲良くしてくれると、嬉しい」
そう言われたら、もうどうしようもない。
(心根の綺麗な人は、人殺しなんてしないわ)
そう泣きつくことができたなら、どれだけ幸せだろう。実際には頭のおかしい病人扱いをされて、彼の婚約者でいられなくなってしまうのがオチだ。
「申し訳ございませんルーファス様。今は空腹ではありませんので、私は後でいただきますわ」
同じ手をくってたまるかと、アロナはマフィンを拒否した。ルーファスの哀しそうな顔を見て、彼女も泣きそうになった。