優秀な家庭教師
その後アロナは、乳母の代わりに侍女と家庭教師をつけられることとなった。特に家庭教師は、王族からも名指しで指名されるほど優秀であるという、リュート伯爵夫人。
「初めまして、アロナさん」
(お久しぶりです、リュート夫人)
アロナにとっては、四度目の再会。幼女とは思えぬ所作でカーテシーをしてみせるアロナに、夫人は目を見張る。
「本格的な淑女教育は初めてだと伺っていますが、とてもそうは思えませんね」
「お褒めに預かり光栄です、夫人」
流石に同じことをもう三回も繰り返していれば、目を瞑っていても完璧にダンスを踊れるくらいには、飽き飽きしている。
今回の人生で、アロナはルーファスと結婚するつもりは毛頭ない。別に手を抜いてもよかったのだが、彼女の目的はむしろリュート夫人にあった。
こと社交界においてリュート夫人の権力は絶大だが、彼女は以前エルエベとローラの家庭教師という任を解かれた経験があり、それが彼女の経歴に傷をつけていた。
ちなみにこの時点ではまだ、ククルは赤ん坊のようなもの。まぁ、仮に彼女が姉達と同じようにリュート夫人のレッスンを受けていたとしても、三日も保たないだろうとアロナは思った。
リュート夫人は、確かに有能だ。それゆえに、出来ない者の気持ちが分からない。
アロナは厳しく躾けられることには慣れていた為に、リュート夫人のレッスンに付いていくことは可能だった。
けれどそれはあくまで、事務的なもの。彼女との信頼関係は薄っぺらいものであったし、リュート夫人もまたアロナをただの生徒としか思っていなかった。
(味方につければ、きっと私を助けてくれるわ)
心の拠り所であったルーファスはもう、アロナの中には存在しない。それならば他に目を向け、少しでも円満に婚約破棄を進められるよう準備を進めなければ。
基本の所作や立ち振る舞い、小物の使い方、話し方に至るまで。リュート夫人が課す課題の数々を、アロナは粛々とこなしていく。
そうして一年が経った頃、リュート夫人は社交界でも度々アロナの名前を出すようになったと、母であるグロウリアが鼻高々に自慢しているのを聞いた。
(決してあなた達の為ではないのに)
上手く誤解してくれるのなら、それはそれでやりやすい。恋心という不安定なものを取り払った彼女は、周囲から見れば正に無敵だった。
人形のように美しい、完璧な公爵家の娘だと。
「本日のレッスンはこれにて終了です」
「リュート夫人。よろしければご一緒にお茶でもいかがですか?」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
アロナはこれまでの人生でも、常に完璧だと囁かれてはいた。けれど、エルエベ達がことごとくそれを邪魔したのだ。
根も葉もない噂を流し、アロナを陥れようと必死だった。相手は王妹の娘、他の令嬢も彼女達を無下にはできなかったのだ。
しかしこの一年、アロナはルーファスと顔を合わせていない。遊ぼうという手紙が来るたびに、何かと理由をつけては断っていた。
初対面で吐いた嘘が、どうやら効いているらしい。優しいルーファスは、彼女に無理強いをすることはなかった。
「リュート夫人」
「はい」
二人きりのお茶会は、淡々と進む。アロナは、リュート夫人のことが決して嫌いではなかった。母親よりもずっと、信頼のおける関係だ。
「私は、あなたのような母親が欲しかったです」
「アロナさん、急にどうされたのですか」
「すみません。少しだけ、肩の力を抜きたくて」
リュート夫人は、内心アロナの両親を軽蔑していた。そして今は、その娘アロナに対し同情に近い感情を抱いている。
表情は乏しいものの、彼女は自身が受け持った中で一番の優秀な生徒であり、心を許してくれていると感じる、可愛らしい子。
できることならば、力になってやりたいと思っていた。




