~第712夜~「アリ人間たちの戦争(その5)」「箱の中の世界(その10)」
食糧不足が目に見えて加速してくると、赤黒アリ人間の中には「他の種族を襲って、食糧を奪ってこよう!」などと過激な発言をする者たちが現われます。
けれども、元々赤アリ軍の出身である女王アリのレーベは、それを望みません。
黒アリ軍の出身であるエルピージョも、その意見には賛成でした。戦うことに疲れ果ててしまっていたからです。
代わりにエルピージョは神様に向かって祈ります。
「ああ、神様…どうか、我々により多くの食糧をお与えください。このままでは、争いが起きてしまいます」
ところが、神様は食糧を増やしてはくれませんでした。代わりに別のモノを与えてくれます。
それは“技術”
アリ人間たちの社会に農業技術が与えられたのです。
*
農業技術は、瞬く間に赤黒アリ人間たちの間に広がっていきました。
畑を耕し、種をまき、作物を育て、収穫する。
農業だけではありません。
家畜を飼い、育て、肉やミルクや卵を生産する。畜産も行われるようになっていきます。
おかげで、アリ人間たちは安定して食糧を確保することができるようになりました。
その様子を見て、エルピージョは神様に感謝します。
「ああ!神様!どうもありがとうございます!おかげで、みんな争わず、平和に暮らせるようになりました。これからは、みんなで一致団結し、助け合って生きていくでしょう」
技術の進歩は止まりません。
収穫した作物から、小麦粉が作られ、パンが焼かれ、うどんがゆでられるようになりました。
それと同時に、キッチンも進化していきます。
台所には大きな焼き釜が作られ、パンやピザが焼かれています。
“料理人”という新しい職業が生まれ、包丁や鍋を自由自在に使いこなし、未知の料理を次から次へと生み出すようになりました。
アリ人間たちの社会は共同体なので、料理はまとめて行われます。
巨大なキッチンに巨大な食堂。“お風呂に入る”という文化も生まれ、何百人ものアリ人間たちが同時に入れるような大浴場も作られました。
「なんだか大変な時代になってきたなぁ…」と、つぶやくエルピージョ。
「ほんとに。けど、みんなが幸せそうでよかったわ」と、隣でレーベも言います。
相変わらずレーベは女王アリとして、大量の卵を産み続ける日々。それでも、彼女は幸せなのです。
「思えば、ここまで長かったな…黒アリ軍と赤アリ軍の戦場を抜け出して。2人だけで新しい生活を始めて」と、エルピージョ。
「そうね。あそこで、あなたが現われなければ、この暮らしはなかったわ。それどころか、世をはかなんで私は命を絶っていたかもしれない」
「オイオイ、怖いことを言うなよ…」
「けど、それももう過去のコト。今はうまくいっているんだから、それでいいでしょう」と、レーベは笑顔で答えます。
「まあな。それもこれも、みんな神様のおかげだな」
「そうね。神様には感謝しないと。このような暮らしを与えてくれて、ありがとうございます」
そう言ってからレーベはエルピージョに顔を向けると再び微笑みました。
エルピージョも幸せそうに笑顔を返しました。
「箱の中の世界(その10)」
「これでよかったの?」と、少女ポステリがたずねました。
「当初は、アリ人間同士で戦争を行わせることが目的だった。けど、これはこれでおもしろいと思わない?新しい技術を習得したアリ人間たちが、どんな風に進んでいくのか見てみたくはないかい?」と、少年の姿をしたプリオが答えます。
「そうね。思っていたのとは違うけど。これはこれでおもしろそうかも」
「だろ?僕らは、ある意味で人間の歴史を勉強し直しているんだ。よりリアルな形でね」
「私たちのご先祖様って、こんな風な暮らしをしていたのね」
「細部は違っているけどね。地面に穴を掘って暮らしていたわけじゃないし、ここまでの集団生活をしていたわけでもない。けれど、大きな流れとしては歴史通りさ」
「昔の人たちは大変だったのね。望めばなんでもポンッと空中から現われるわけじゃない。汗水垂らして働かないといけなかった」
「その通り。“生きる”ってのが大変だった時代だ。その日に食べる物1つだって、苦労しないと手に入らなかった」
「食べる物に住む所。着る物に使う道具。何でもかんでも自分たちで作らないといけなかったのね」
「同時に、それが楽しかったかもしれないけどね。僕らだって、試しに体験してみただろ?」
「そうね…確かに楽しかった。けど、この遊びに比べるとまだまだね」
「言えてる」と、同意するプリオ。
「このあと、どうするの?まさか『アリ人間たちは幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし♪』じゃないわよね?」
たずねるポステリ。
「まさか!ここからが、本当のお楽しみさ。いよいよお金を導入する。神と悪魔の発明。無数の喜びと悲劇を生み出した貨幣経済の始まり始まりというわけさ!」
「楽しみね。早く続きを見てみましょう」
「ま、そうあせるなって。僕らは永遠に等しい時間を持っているんだ。飽きないように、ゆっくり進めていけばいい」
そう答えるプリオでありました。
さて、この続きは、また明日の夜に語るといたしましょう。




