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2-5 幽世事情

「あら。もしかして琴羽ちゃん、もうあやかしの誰かからか求縁でもされたん?」


「あ、いや、その……」


「照れんでええんよ。ふふっ。相手は鬼? 狐? 天狗? そのいずれかなら上級あやかしゆうて、あやかしの中でも別格やさかい受けといた方が吉やで。まぁ、学び舎を卒業しても幽世で過ごす気ぃがあるんならの話やけども」


「いえ、あの、まだそこまでは……って、別格とかあるんですね」


「今の幽世には特にな。財力も妖力も存在している数自体も上級のあやかし達だけは桁違いやし。人間さんはいい意味でも悪い意味でも人気やからなあ」


「そうなんですか?」


「せや。あやかしにとって人間さんは子孫繁栄に欠かせん存在やし」


「それ、お会いしたあやかしさんにもいわれたんですが、なぜなんです?」


「あやかしは、基本的に子をなし得ない存在やからね」


「えっ」


 驚いて目を瞬くと、縁さんは静かに微笑んでからさらに詳しく聞かせてくれた。


「そもそもあやかしいうんは人間さんの悪しき心や負の部分が具現化した姿、あるいは神霊が零落した姿やなんて言われとって、幽世にいるかぎりは不変の個体なんよ。まぁ、種族によっては一定まで身体的に成長したりもするけど、一定以上は歳を取らへんしな」


「あ、それは聞いたことがあります。あやかしは幽世にいる限り不老不死でいられるけど、現世に行くと歳をとるし死ぬこともあるって……」


「そうそう。つまりあやかし同士では子をなすこと自体が難しいとされとったんやけど、相手が子を成せる存在である人間さんであればそこに優性的な恵みが働くみたいで、子を宿す確率が飛躍的に跳ね上がるらしいんや。せやから、それに目をつけた鬼や妖狐、天狗は子孫繁栄のために極力人間さんを番に選んで勢力を拡大してきたってわけ」


「なるほど……」


「もちろん下級あやかしでも人間さんと番になったあやかしはいてるんやけど、上級あやかしたちの目を盗んで人間さんに唾つけるやなんて至難の技やからね。幽世内ではなかなか手が出されへんから、どうしても子のある家庭を築きたい下級のあやかしなんかは、不老不死を捨てて、幽世の外に出てまで人間さんに恋をするんよ。うちみたいにな」


 そう付け足して微笑む縁さんは、儚くも美しかった。


 縁さんはやはりなんらかのあやかしで、人間に恋をしていたようだ。


 今の会話から意図せず彼女の実態を知ることになり、ぐっと親近感がわいたような気持ちになる。


「そうなんですね。でも、下級だなんてそんな……」


「ああ、気にせんでええんよ。こっちでは当たり前の呼称やからね……って。あかん、つい話し込んでしもた」


 ふと、はっとしたように言う縁さん。気がつけばどこからともなく鐘の音が聞こえてきている。


「……四つ鐘や。新入生ゆうことは明日入学式やろうし荷解きで忙しいやろ」


「あ、いえ。足止めしたのはこちらですし、気にされないでください」


「そやったらよかった。ほんなら部屋に戻るさかい、また夕飯時にな。洗濯干すんやったら隣空いてるから気にせず使てね」


「はい。ありがとうございます」


 笑みを交わすと縁さんはすぐに隣のお部屋に引き上げていった。


 後に残されたのはほんわりと漂う甘い香りと、ぱたぱた宙をそよぐ洗濯物たち。


(色々聞けて勉強になったな。それに縁さん、すごくいい人そうでよかった)


 いまだ彼女の残り香にどきどきしつつ、何とはなしにぼやけた藍色の空を見上げる。


(『番』……か。鬼って言ってたし、〝あの人〟はやっぱり子孫を残すためだけに人間である私を選んだんだろうな)


 わかっていたことだけれど、そこに微塵も愛がないのだとわかれば、それはそれでがっかりしたというか……。弄ばれているようで、何だか癪だった。


 今さらそこを気にするだなんて我ながらおかしな話だけれども。


(いけない。何考えてるんだろう私。幽世へは妖医になるために来ているんだから、余計なことは考えないようにしないと)


 邪念を払い、しっかり自分を持つ。とにもかくにも荷物整理のため室内に引き返そうとして――ふと、空を泳ぐ洗濯物に目がとまった。


(あれ?)


 よくみると物干し竿がないのに、縁さんが干した洗濯物がひらひらと揺れている。


疑問に思って縁側を降り、洗濯物に近づいてみると――。


(こ、これは……)


 精巧に張り巡らされた銀色に輝く蜘蛛の糸が、彼女の洗濯物を巧妙に支えていた。


「あらやだわ、あの子。まぁたこんな干し方して!」


「あ、砂夜さん」


 ふいに庭へ洗濯物を干しにやってきた寮母の砂夜さんが、眉間に皺を寄せて独り言のようなぼやきを落とす。


「まったく近頃の絡新婦(じょうろうぐも)ときたら! こんなんじゃ人間の野郎は寄り付かないって何度教えたらわかるんかいねえ」


 ぶつぶつ呟きながら隣にある物干し竿に綺麗に洗濯物を並べていく砂夜さん。意外なところで縁さんの正体を知ることになり、妙に納得する。


 確かに絡新婦って絶世の美女に化けていることが多く、じいちゃんの診療所にも時々綺麗な蜘蛛さんが来ていたっけ。


「って、ほら、あんたも何ぼさっとしてんだい! さっさと荷解きしないと終わらないよ!」


「……っ! はい、すみません!」


 なんて、呑気に感心している場合ではなかった。


 砂夜さんに砂をかけられそうになり、慌てて部屋の中に引っ込む。


 そうして私は気持ち程度にしか持ってきていない自分の荷物を一つずつ丁寧に紐解き、和の香りが立つ畳の上にそっと並べていく。


 まだ見ぬ幽世の学び舎にあれこれと想いを馳せながら、明日の入學式に備えて入念な準備を進めるのだった。


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