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7-11 最大の弱点

 ◇



 動揺のせいか、心の乱れのせいか――。


 まるで全ての金縛りが解けるような一瞬。それまでふわふわとしていた甘い気持ちがすうっと薄れ、それとは正反対に〝自我〟らしきものが自分の中にしっかりと戻ってくるような感覚があった。


 目を逸らしたことに加え、〝彼〟の集中が途切れたことで、おそらくなんらかの術が完全に解けたのだろう。そう推測すると、安堵でどっと汗が吹き出てくるようだった。


「……驚いた。まさか見破られるとはね」


 冷や汗を滲ませながら複雑な思いで呼吸を整えていると、苦笑まじりのそんな呟きが聞こえてきた。


 策士な彼のことだ。根拠のない指摘をすればうまい具合に誤魔化されるかとも思ったが、どうやら争う気はないらしい。


 ぼわんと妖気が漂い、視界の隅で銀色の髪の毛が揺れる。


 警戒しながら視線を上げると、天堂さんの容貌を解いて元の姿に戻った『九我さん』が、先ほどと同じ体勢のまま私を見下ろしていた。


「……っ。九我さん……」


 ああ、やっぱり――とか。


 どうして――とか。


 言いたいことは、聞きたいことは山ほどあったけれど、言葉が渋滞してしまって出てこなかった。


「割と完璧に演じてた方だと思うんだけどなあ……読みが甘かったか」


「どうして……」


「愚問だよ。鬼から君を奪い、僕の番にするためだ。そのために随所で蠱惑術も駆使してたんだけど……ガードの高さがさすがだというべきか、君は僕の妖術には全くかかってくれなかったね」


「……」


 やはり、目を見つめられたときにふわふわした気持ちになったり、妙に胸がドキドキしていたのは彼の妖術が原因だったらしい。物憂いげな目で見つめられ、返す言葉に詰まっていると、彼は穏やかな口調で尋ねてきた。


「君の方こそ、どうして僕だとわかった?」


 ストレートに見つめられ、唇を噛み締める。


 ――はじめから違和感はあった。


 いつもとは違う雰囲気。いつもとは違う積極性。いつもとは違う優しさ。そして、端々に滲む紳士的な態度。だが当然、それだけのことでは目の前にいる天堂さんが九我さんの化けた姿だという発想に結びつくはずもなく、当初はただの違和感として割り切っていた。


 しかし、デートを続けていくうちに決定的な要素が三つ、加わってしまった。


「三つ……あります」


「聞かせてもらえるかい?」


「一つ目は……あやかしの保育園で子どもたちと節分ごっこをした時……貴方が苦しそうに押さえていた胸の位置が、以前、九我さんが苦しそうに押さえていた胸の位置と全く同じでした」


 彼を見上げて正直にそう告げると、九我さんは感心したように目を見張る。


 構わずに、私はその先を続ける。


「それからもう一つ、貴方が使った『天女の恩恵』という言葉です」


「『天女の恩恵』……?」


「はい。天堂さんは『天女の恩恵』という言葉ではなく、『呪われた陰陽の血』という言葉を使っていました」


「……!」


「そこにどういう違いがあるのかはわからないですけど、でも、『恩恵』と『呪い』って正反対の意味合いな気がして、同じ人物が使うにはちょっと違和感があって……」


 唸るように頷く九我さん。


 私は目を伏せ、決定打となった最後の点も付け加える。


「極め付けは、匂いです」


「匂い……」


「間近まで迫らないとわからないような微かな匂いなんですが、天堂さんは崇高な華のような香りがするんです。でも、先ほど距離が迫った時、貴方からは九我さんと同じ白檀に似た香りがしたので……」


「……」


「さすがにここまで偶然や違和感が重なることはないと思って。今目の前にいるのは天堂さんではなく、天堂さんに化けた九我さんなのでは……と、そう思い至りました」


「なるほどね。恐れ入ったよ……姿や声は誤魔化せても匂いまでは誤魔化せない……か」


 満足そうに頷いて、目を細めて優しく私の髪の毛に触れる九我さん。


 本当はこんな推測、外れていて欲しかった。


 全てはただの思い過ごしで、なんだかんだで楽しかった今日一日を共に過ごしたのは、はじめから最後まで本物の天堂さん……あるいははじめから最後まで嘘偽りのない九我さんの姿であったなら、どんなに楽しく今日のお出かけを終えられたことか。


 穏やかな笑みを浮かべながらも、揺るぎのない瞳でこちらを見つめてくる彼は、そんな私の淡い幻想を打ち砕くよう、耳元に甘い囁きを落としてくる。


「いい夢は見れたかい?」


「……っ」


「本当は鬼の真似事をするだなんて癪だったんだけどね……君を傷つけず、争うこともなく、天堂から奪い取る方法はこれしかなかった。だとすれば……鬼の姿だろうがなんだろうが構わない。既成事実さえ作ってしまえばもうそれでいいと思ってね」


「そ、そんなの間違ってます……!」


「やり方が汚いのは百も承知さ。それが妖狐族(ぼくら)のやり方だから」


「で、でも……あの……そ、それじゃあ、本物の天堂さんは……?」


「本物の天堂(カレ)なら、今頃鬼の里で僕の同胞たちに囲まれて、鬼の血が滅びる瞬間を見届ける準備をしている頃じゃないかな」


「なっ」


「彼にとっての最大の弱点は君だ。君の秘密を盾にとれば、天堂(アイツ)は面白いぐらいに動けなくなる。まあ、彼のことだからいずれ反旗を翻してくるだろうことは予測してるから、僕としてもなるべく早めにカタをつけたいところではあった」


「……」


「だから……余計に、手段を選んでいる暇はないんだ。たとえ君に手の内を破られたとしても、僕は君を逃すつもりはない」


「……!」


 九我さんの長い腕がスッと伸びてきて、私の腰を攫った。


 ハッとした時にはすでに遅く、強く腰と腕を引かれ、折り重なるように布団に倒れる。


 九我さんの長い銀色の髪の毛が、私の頬にさらりと垂れてくる。見上げれば、私に馬乗りになった九我さんが、獲物を捕らえたような眼差しでこちらを見下ろしていた。


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