7-7 意外な一面
◇
「きゃあーーーーーオニ、ちたあっっ!」
「うわあああああん! ママァァアアアア!」
「あはは、きゃ〜誰か助けて〜」
「てんてーをはなしぇえええ! オニがしょとおおおお!」
「……。おい小僧。貴様から食ってやろうか」
「ぎゃああああ! こないでえええ」
「にげろーーーきゃーーー!」
――こどもたちの賑やかな絶叫や泣き声、はしゃぐ声がこぢんまりとした園庭の至る所から聞こえてくる昼下がりの休日・某あやかし保育園内にて。
あれから数十分、走り回る子どもたちと、頭から二本の角を生やしてそれを追いかける天堂さんを微笑まし気に眺めていた私のもとに、先ほどの保育士さんがぱたぱたと走ってきて勢いよくぺこりと頭を下げた。
「うぅ。ありがとうございます、本当に助かりました。なんとお礼を言っていいのやら……」
「いや、そんな……。お役に立てて何よりなんですが、お礼ならあそこで子どもたちと戯れてる本物の鬼さんの方にお願いできればと……」
ぽりぽりと頬をかきながら苦笑する私。手の中には付け焼き刃で用意した手作りのお面があり、実は私も最初は鬼役を手伝おうとしていたのだけれど、子どもたちに速攻で偽物だとバレ、隣にいた本物の鬼さんにあっさり彼らの興味を奪われてしまった。
全く役に立てなかったうえ、標的にされている天堂さんには大変申し訳ないという気持ちもあるのだけれど、思いのほか愉しそうに(と言ったら語弊があるかもしれない)子どもたちと戯れている彼の姿はかなり想定外である。
まさかこんなところでまた一つ、彼の意外な一面を知ることになるなんて――。
「ええ。もちろんあちらのお方にも後ほど重ね重ねお礼を申し上げる予定ですが、貴女様がお声がけくださらなければ始まらなかったご縁でもありますので」
「あ、いえ。ただのお節介ですし本当にお気になさらないでくださいね」
「ありがとうございます……。いやでも、本当に驚きましたよ。上級あやかしさんといえばお堅い方ばかりだと思っていましたので、世の中には快く引き受けてくださるような心優しい方もいらっしゃるんだなあって」
「あは。実はそれ、私も驚いたんです。彼の性格上、絶対嫌がると思ってたんですが……。始まってしまえば意外と好意的にやってるようにも見えますし、思いのほか子どもが好きだったんだなあって」
遠巻きに走り回る天堂さんを眺めながらポツンと漏らすと、保育士さんは納得したようにふふっと笑い、感心するように呟いた。
「そのようですねえ。好きで接しているかどうかっていうのは、子ども側にもちゃんと伝わってしまいますからね。あれだけ懐かれてるってことはそれだけあのお方の目線がきちんと子どもの目線に合わさっていて、波長があっている証拠だと思います」
「なるほど……。プロの方から見てもやはりそうなんですね」
「ええ。本当によい番をお持ちになられましたね」
「うえっ⁉︎ あ、いや、その、私たちはまだ、番というわけでは……!」
「そうなんです? 側から見てもお似合いですし、てっきりそういう関係でいらっしゃるのかと」
にこにこと微笑みながら言われ、慌てて首と両手を振って否定する。
「いいいいや違うんです、今日はたまたま一緒にいただけで……」
――と、一人真っ赤になって必死に熱弁していたところ、
「ちわすー配達っすー」
裏門の方から飛んできた聞き覚えある声に、私たちの会話が遮られた。
あれ、この声って……と思ったのも束の間、
「あ。ちょっと失礼しますね。配達さん、こちらです〜!」
「ういす、お邪魔するにゃ」
「……んん⁉︎ あれ⁉︎」
「って……ん? 花染⁇ おま、なんでこんなところにいるにゃ⁉︎」
保育士さんが招き入れた業者さんを見てびっくり。いつものパーカーにエプロンをつけ、牛乳瓶のような飲み物が詰まったコンテナボックスを抱えた玉己くんが、私を見て目をひん剥いているではないか。
「玉己くんの方こそなんでこんなところに?」
「なんでって……見ての通り配達のバイトにゃ。昔からこの仕事やってて、乗ってきた配達車には犬飼だっているぞ」
「そうなんだ。知らなかった〜! っていうか、二人ともよっぽど仲良いんだね」
「付き合い長ぇしにゃ。つってもまあ、この仕事もあと数日で終わっちまうんだけどよ……」
渾身の営業スマイルで保育士さんにコンテナボックスを渡した後、肩をすくめながらそうぼやく玉己くん。
「え? そうなの……?」
「おう。まあ、あやかしにはあやかしの事情ってもんがあっからな。それよりお前はなんでこんなところにいんだよ?」
どういうことか気になり首を傾げて尋ねた私だったが、うまいことぼかされてしまった。
ぽりぽりと頬をかきつつ、別に隠すようなことでもないので正直に答えることにする。
「えっと、実は、その。なぜか天堂さ……じゃなかった、天堂先生と一緒にお出かけすることになっちゃって」
すると玉己くんは驚いたように目を見開き、身を乗り出してきた。
「え、まじ⁉︎」
「? うん。ほらあそこ、今、園の子たちと節分イベントやってるんだけど……呼ぶ?」
「おいばかやめろ、呼ばなくていいにゃ! デートの邪魔すんなってイチャモンつけられてひでえ目に遭わされるに決まってるにゃ!」
「あは。そんなことはないと思うけど……」
「いやでもまあほんと、もう行かねーとだしな」
そう言いながら、職員室に入っていった保育士さんの様子をチラ見する玉己くん。彼は園庭にいる天堂さんや保育士さんの視線がこちらにないことをしっかりと確認してから、声を顰めて耳打ちしてくる。
「っつか、それにしたってあの先公、今大変な時期だって噂なのにあんなところでガキと戯れてていいのか?」
「あー……あの三つ巴の抗争激化がどうとかっていうアレだよね? それは私も気になってたんだけど、そもそも今回のお誘いは天堂先生からのものだったからさ。断るに断れなかったというか……」
「天堂から? おいおい……まさかアイツ、情勢の悪さに見切りをつけて、番候補と心中しようってハラじゃねえだろうにゃ」
「え⁉︎ ちょっと待って玉己くん。三つ巴の抗争ってそんなに状況が悪いの?」
思いもよらない言葉に、思わず声を裏返す。すると玉己くんは『しい!』と人差し指で私を諌めてから、再び辺りの気配を窺いつつコソコソと耳打ちしてきた。