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7-6 しゃしゃり出るわけには……。

 ◇


 センター街のはずれにある小洒落た飲食店で昼食をとったのち、今度こそ天堂さんのおすすめスポットに向かおうと屋根付きの停留所でバスを待つ私たち。


「うう、なんだかすみません……」


 結局デートというよりは私のお買い物(の荷物持ち)みたいな半日となってしまって、しきりに謝罪を繰り返す。しかし天堂さんは全く意に介す様子はなく、またしてもくつくつとした笑いを噛み殺して言った。


「遠慮するな。買いたいものが買えたんならそれでいい」


「そう言っていただけるとありがたいのですが……」


 天堂さんはさらりとそう言ってくれるけれど、やはり罪悪感は拭えない。


 今は上級あやかしの〝鬼〟にとって大変な時期だと聞くし、それを抜きにしたって彼はいつだって忙しそうな人だ。せっかく二人で過ごす時間ができたのだから個人だけが楽しむのではなく〝二人で〟楽しめることを共有していきたいのに、これじゃ朝からずっと荷物持ちに付き添いばかりで彼を疲れさせているだけではないだろうか。


「あの、天堂さん」


「ん?」


「もしよかったらなんですが……」


 とはいえ、幻想的で魅力の多い街ゆえ、気になるものが視界に入ればあれもこれもと再び好奇心が芽生えてしまいかねない。もうこうなったら『次の目的地まで寄り道禁止にして頂いても……』と、究極すぎる提案をしようと思った私だったが、その発言を遮るほどの素っ頓狂な声が、その場の空気を切り裂いた。


「えええっ⁉︎ それは困ります、困りますよう! お願いですからどうにかならないですかね⁉︎」


 ほとほと困り果てたような女性の声に、一体何事だろうと振り返る私たち。


 停留所の真横にある建物――看板にあやかし専用保育園と書いてある――の園庭にいるエプロン姿で狸のような耳と尻尾を持った女性が、不思議な形をした通信機に向かって必死に懇願している姿が、我々の目に飛び込んできた。


「はい……。最近いろいろ言われてる上級さんたちのしがらみの影響ですよね。それはわかるんですが、園内でも大々的に告知してるイベントでして、子どもたちもそれはそれは楽しみにしてたんですよ。ですから……って、あっ。ちょっ、待っ、まだ話終わってな……」


「……」


「うう、切れてる……」


 小さなあやかしの子どもたちに腕を引かれながら、がっくりと肩を落とすエプロン姿の女性。その後何度も『どうしよう〜』『困ったなあ』を繰り返しながら落ち込む彼女の姿があまりにも不憫に見えて、思わず天堂さんと顔を見合わせる。


「てんてー、おまめごっこまだあ?」


「いや、その、あのね……」


「しぇんしぇいみてみて! あたちこれつくったの! おまめのおさらだよお!」


「う、すごい上手にできたねえ。でも、その、あのね……」


「てんてい〜! ぼくおうちでいっぱいれんしゅーしてきたんだよお、ほらみてえ! しゅしゅしゅ!」


「うぅぅ……困ったなあ……」


「あの」


「……?」


「なんだかすごくお困りのようですが、どうかされました?」


 ひどく困り果てている様子の女性に、思わず声をかける。


 女性は一瞬キョトンとしたようにこちらを見たけれど、子どもに腕を引かれればすぐさま苦笑を滲ませて取り繕うように言った。


「お見苦しいところをお見せしてすみません……。その……えっと、実は今日、園で子どもたちに『現世の有名な行事』をリアルに体験してもらうイベントをやる予定で、それに必要なアルバイトの方を雇ったんですが……その方が、諸事情あって急遽来られなくなってしまって」


「現世の有名な行事?」


 子どもたちが首からぶら下げているコップ――中にお豆が入っているようだ――を見て、まさかと思いながら尋ねる。すると女性はにこりと微笑みなら答えた。


「ええ。『節分』っていうんですけど、ご存じです?」


「あ、はい……」


 もちろん、それを知らない現世人はそうそういないだろう。


 それを聞いてなんとなく全体像が見えてきてしまった私は、まさかにまさかを重ねてさらに問いかけてみることにした。


「あの、じゃあ、もしかして急遽来られなくなった方っていうのは……」


「ええ、『鬼役』の方です。毎年外部の鬼の方にお願いしていて今回もだいぶ前から決まってたんですけど、最近いろいろと大変なようでして急に来られないと……」


「……」


「……」


「まあ、上級さんは色々あるようですし仕方ないんですけどね。子どもたちも、今回が初めてな子はまあなんとかなると思うんですが、上のクラスの子ともなると、付け焼き刃で作ったようなお面や変装じゃ全然怖がってくれないですし、前回開催した時のリアルさを知っちゃっているんで説明して納得してもらうのも一苦労で……」


 はは、と頬をかきつつ苦そうな顔で笑う保育士さん。私たちが会話している間にも周囲にいる子どもたちは「おにたんまだかなあ?」「ぼく、おにしゃんなんかぜんぜんこわくないもん!」と、目をキラキラ輝かせてイベントの開始を待ち侘びている。


「そう……ですか……」


「……」


 わかっている。しゃしゃり出るわけにはいかない。


 ことに私はお節介だとみんなにも揶揄されがちだし、今はデート中で……。


「ここは十三番街で働く下級専門の保育園ですし、なかなか上級の方と触れ合うような機会もないので職員含めみんなで楽しみにしてたんですけどね……お暇されてる鬼さんなんてそうそういらっしゃいませんし、こればっかりはもう仕方ないかなあと……」


「……」


 しゃしゃり……出るわけには……。


「てんてー! おにしゃんきたぁ?」


「おにたんまだかなあ。たのしみだなあ」


「ぼくおにしゃんなんかこわくないもん! ぼくがてんてーをまもってあげるからね!」


「……」


「……」


 子どもたちがキラッキラと目を輝かせて鬼の登場を待ち侘びている…………!


「います、ここに(本物が)」


「ォィ」


「えっ⁉︎ ほっ、本物⁉︎ うそ、本当ですか⁉︎」


 わかっていたのに。ダメだとわかっていたのについうっかり口から溢れてしまった瞬間、目を輝かせた保育士さんにものすごい勢いで食いつかれてしまった。


 良心の呵責に耐え抜きながらもそろ〜っと天堂さんを見上げると、『いや、やらんぞ』『俺は絶対やらんぞ』という頑なな顔をしていた彼だったが、追い縋るような眼で訴えてみれば結局彼は――。


「……………………………」


 大きなため息をつきながらも、その門を開け放ったのだった。



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