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2-4 学生寮『幽世庵』

  ◇


 幽世内十三番街紅葉通りにある學園指定の下宿所『幽世庵』は、ちょっと変わった女子専用の寄宿舎だ。


 江戸の街並みを彷彿とさせる長屋の片隅に、ぽつんと佇む数寄屋造りのお屋敷。周囲は小さな日本庭園に囲まれ、寮母となる砂夜(さよ)さんは齢九十はゆうに超えているであろうおばあちゃん。ぶっきらぼうだが寮生のお世話には事欠かない。


「あのっ。幽世大學医学部の花染琴羽です。今日からよろしくお願いいたします」


「ふん。あんたが明庵(みょうあん)の隠し子かい。見るからにまあ鈍臭そうなちんちくりんがあの小坊主から育ったもんだね。荷物ならとっくに部屋に運んでるよ。とっとと荷物整理・風呂済ませて六つ鐘までに食事を済ませないと砂かけるからね、覚悟しな」


「は、はいっ」


 入寮してすぐに交わした言葉はそれで、刺々しい冷徹口調とは正反対にふわふわとした柔らかい枕と染みひとつない清潔な敷布団シーツ、それから丁寧に書き記された寮案内を手渡される。


 私の部屋は一階の一番奥にある角部屋で、縁側がついている窓からは共有スペースである小さな庭園と、遥か彼方にぼんやりと浮かび上がる巨大な朱い摩天楼――中央通りにあるものだ――が望めた。


(きれい……)


 まるで座して十牛の庭と、夜の東京タワーを同時に眺めているかのような、ため息が漏れるほど風雅な光景だ。


 窓を開け放って縁側から足を投げ出し、うっかり我を忘れかけてはっとした。


「新入りさん?」


 隣の部屋の寮生さんがお庭の片隅で洗濯物を干していたようだ。


 ぱたぱた夜陰を泳ぐ真っ白なブラウスの隙間から、こちらに顔をのぞかせている。


「あ、はい。ご挨拶が遅れてすみません。今日から107のお部屋に入寮した花染琴羽です」


 慌てて立ち上がりぺこりと頭を下げる。するとお隣さんは洗濯物の合間をすり抜けるようにしてこちら側にやってきた。


「うちは学び舎百三十期生、現世経済學部の(えん)いうんや。よろしゅうな」


 ふわりと微笑みながらしなやかな細腕を差し出してくるその女性。


 艶やかな長い黒髪に陶器のような白い肌。しっとりした黒い瞳は長くふっさりとした睫毛に覆われており、潤いのある唇と妖艶な泣きぼくろが印象的なとても美しい女性である。


「こちらこそよろしくお願いします」


 なんて綺麗な人なんだろうと思いながら握手を交わす。


「琴羽ちゃんかぁ。ええ名前やなあ」


「ありがとうございます」


 このはんなりした喋り方は京都弁だろうか?


 勝手に親近感を覚えつつも百三十期生ということは三学年上の先輩にあたる。


「あれ。なにか変やった?」


「え?」


「顔に何かついとる? それとも京都弁がおかしいんやろか。うちな、学び舎から許可もろうて週末には京都祇園の喫茶店でアルバイトしてるんよ。通い始めてからもう二年になるしそろそろ方言も板に着いてきたんちゃうかなって思うとったんやけど」


「あ、いや、どちらも変じゃないですよ! えっと、その……」


 あまりの美しさに見惚れていただけです、だなんて言えるはずもなく、慌てて身振り手振りで言い訳をする。


「実は私も京都出身で……って言っても、中学卒業まではずっと関東に住んでいたので生粋の京都弁は喋れないんですけど、でも、周りがみんなそんな感じだったので全く違和感はなく聞こえますし、懐かしいなって思って」


「まぁ。そやったらうちより先輩やないの。しかもやっぱりあやかしやのうて人間さんやったのね」


「あ、はい」


「匂いで薄々は感じとったけど、今の()たちはほんまに上手に化けるさかい、間違うとったらどないしよう思うたわ」


 縁さんはくすくすと笑って、「やっぱりええなあ、生粋の人間さんは。立ち姿からして品があるわあ」と、繰り返し一人で相槌を打っている。


「人間って……匂いでわかるものなんですか?」


「そらよっぽど鈍くない限りはわかるんちゃうかなあ。特にうちは人間さん贔屓やさかい、敏感なだけかもしれへんけどな」


 お茶目に微笑む縁さん。そういう彼女はあやかしなのだろうか? 一つ一つの言葉に愛嬌が溢れており、よほど人間に親しみを込めているのだろうことがよく伝わってくる。


「何かわからへんことあったら遠慮せず聞いてな。うちも現世のことで聞けたら嬉しいし」


「本当ですか? すごく助かります」


「ええって。お互い様やろ」


「はい。ありがとうございます。あ……」


「うん?」


「その、お言葉に甘えて一つだけ聞いてもいいでしょうか?」


「いくつでもええよ。どないしたん?」


「えっと。『番』って、なんのことかわかりますか?」


 携帯電話での検索機能が使えないため、結局わからずじまいになっていたことを思い切って聞いてみた。すると縁さんは、


「つがい? ああ、現世でいう『夫婦』みたいなものやね。紙で契約を交わす現世と違って、妖術で契約を交わす幽世の『番』の方が心と体の結びつきが強い感じがするけども」


 ――と、とても親切にそう教えてくれた。


「やっぱり、そういう意味だったんですね……」


 やはり想定していた通りの答えだ。


〝あの人〟はそんな大事な伴侶に、出会ったばかりの私を選んだということか。


 人間であることや、私が持つ力によほどのメリットでもあるのだろうか?


 考えてもわからないことを一人で逡巡していたところ、不意打ちで縁さんに顔を覗きこまれた。


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