7-4 充分目立ってますが
◇
八つ鐘と半刻――中央通り摩天楼広場。
多くのあやかしカップルや家族連れなどが行き交うそこに、かちこちの表情で佇む私の姿があった。
(うう。なんだかんだで早く来すぎちゃった……)
結局、おしゃれ着には程遠い無難な格好――白のインナーにゆったりとしたコクーンカーディガン、膝下丈のロングスカートにショートブーツとポシェット――という、ある意味いつも通りな、地味な出立ちでその場にやってきた私。
――というのも。恋愛相談といえば頼みの綱である縁先輩が、昨晩から外泊許可を取って現世入りしていたため相談するにできず。泣く泣く夜通し一人で箪笥の中をひっくり返して一番それらしい服装を選りすぐった結果がこれだった。
生まれてこのかた男の人とデートなんてしたことがない私にとって、これが正解なのか不正解なのかもよくわからないが、いつもストンと下ろしている髪の毛も今日はゆるめのお団子にしてみたし、お化粧は……苦手だからそんなにうまくはできなかったけれど、気分転換用の色付きリップも塗ってみた。意識して見ないとわからない程度の変化かもしれないけど、普段着飾らないタイプの私にしては精一杯がんばった方ではないか……と、なんとか自分自身を鼓舞して待つこと半刻……広場の入り口付近が僅かに賑わい始めた。
わあ、素敵ねえ。あやかしかしら? とか。そういった女性のひそひそ声が入り口付近で渦を巻いていて、なんだろうと視線を投げると、道ゆく女性の黄色い悲鳴を背に浴びながら颯爽と歩く天堂さんの姿が見えた。
「……!」
目が合うと、ひらりと手を振ってこちらへやってくる天堂さん。
「お、おはようございますっ」
「逃げずに来たか」
開口一番にやりと笑ってそれか、と思ったが、気の利いた返事もできないまま、さりげなく目をそらす。
今日の天堂さん……洋装だ。黒のニットにグレーのロングコートというシンプルなコーディネイトなのにすごくスタイリッシュに着こなしていて、普段の和装もさることながらこれもこれでかなり色気があるというか。
周囲でざわついている女性たちの気持ちに共感したくなるほど魅力的な立ち姿で……どうしよう。早い話、格好良すぎて直視できない。
「逃げたら寮まで来るっていったの天堂さんじゃないですか」
目を逸らしたまま、なんとかむくれたように返事を捻り出した私だったけれど、
「そうでも言わねえと、いつまでたってもお前がその気にならねえだろ」
「そっ、それはそうですけど……」
「それより――」
「……⁉︎」
ふいにぐいっと肩を引き寄せられ、顔と顔が接近する。追い打ちをかけるようにソッと顎を引き上げられれば、逸らしていた目も否応なくばっちり合わせることとなった。
「お前なりにちゃんと色気づいてきたようだな」
そのまま艶のある瞳に見つめられ、軽くパニくる私。
「いっ、色気っていうかっ、お、女の子として身だしなみを整えただけで、服は普段通りですし、お化粧だってそこまで特別なことはなにも……!」
(ち、近い近い近い! おまけになんかすごく良い匂いするし!)
顔を真っ赤にして動揺する私の反応を、天堂さんは面白がるようにくすくすと笑っていて、
「そうか? いつもより雌らしい匂いがするんだが」
「……っ」
見透かしたようにそう呟かれれば、もはや頭が真っ白になった。
(ままままさか昨晩夜通し服選びしてたこととか、時間ギリギリまで鏡の前で髪の毛どうするか悩んでたこと、見抜かれてないよね? い、いくら上級あやかしだからってそれはないよね⁉︎ 万が一にでもそんなのが見透かされてたら恥ずかしすぎる……!)
さすがにそんなことはないだろうとわかっていつつも、漠然とした恥ずかしさに駆られて思わず閉口する私。
……っていうか。なんだかその美しい瞳に囚われていると、顔が火照って胸の動悸が止まらなくなるし変な気持ちになってくる。このままでは完全に天堂さんのペースにはめられてあれよあれよと番契約でもかわしてしまいそうになるので、慌てて今一度視線を逸らし、逃げるように話題を変えてみせた。
「き、気のせいですよ〜。そ、そういう天堂さんは、いつもの和装と違って今日は洋服なんですね!」
場違いな明るい声と共にさっと身をひき、なんとか拘束から逃れる。甘い攻防戦に無理やり終止符を打たれた天堂さんの口からさりげなく舌打ちがこぼれた気がしないでもなかったが、至ってクールな表情を崩さない彼は気を取り直すように言った。
「和装でセンター街を歩くのは目立つからな」
「洋装でも充分に目立ってますが……」
「お前が洋装だろうと思って合わせたんだよ。和装の方が好みなんだったら着替えてくるぞ?」
「……! い、いえ! そのままで大丈夫です!」
「そうか」
「……」
「……?」
「あ、いえ。服装のせいもあるかと思うんですが、天堂さん、なんかいつもと印象が違うな〜と思って」
「そうか?」
「はい。なんと言いますか……『私に合わせる』だなんて、いつになく紳士的なこというし……」
ゴニョゴニョと口籠りながら正直にこぼすと、天堂さんは一瞬面食らったような顔をした後、くつくつと笑った。
「普段の俺は、女心も理解できねえ野放図野郎だって言いたいのか……?」
「あっ、いや、その、違わないけど違うっていうか! えっと、その、」
「ふっ。冗談だ。……まあ、今日は完全プライベートだし、せっかく誘き出した契約前の番候補に逃げられても面白くねえからな。そりゃあそれなりの手心ぐらい加えるっての」
「うう……それ、手心じゃなくて下心っていうんじゃ……」
「どっちだって行き着く先は同じだろ。いきなりとって食わねえだけありがたく思え。……ほら」
「わっ!」
いうが早いか、長い腕を伸ばして私の手を掴む天堂さん。
「(う、うそ⁉︎ て、て、手……繋いでる……!)あ、あのててて天堂さ――」
「はぐれても面倒だし、今日は無礼講だ。いくぞ」
「……っ」
結局、なんだかんだで天堂さんのペースにはめられて。
大きくて温かい手にしっかりと包まれながら、私は、彼の背中を追いかける羽目となったのだった。