6-28 これが噂のじょすかい(5)
◇
空白の時を埋めるよう、あれこれ語らう二人の様子を傍らでそっと見守っていると、ふと、思い出したように腕をぐいぐい引っ張られた。
「わっ」
「(ちょちょちょ、花染さん、一体どういうことなの⁉︎ 貴女、知ってたの⁇)」
と、これは小雪ちゃん。
「(そうにゃそうにゃ、なんか勝手にうまくまとまってっけど、俺たちにもわかるように説明するにゃ⁉︎)」
これは玉己くんで、
「(つか結局あのオバサン、何語だったんだよオイ)」
「(あははは。シキもケツつっぱって痩せる〜!)」
「(よくはわからないですが……嬉しそうでよかったですね、お二人とも……)」
これは眉間に皺を寄せている犬飼くんと、にこにこ笑顔のシキちゃん、つられたように愁眉を開く霊華さん。
ヒソヒソ声を交わすみんなにふふっと笑みをこぼしながらも、特に小雪ちゃんと玉己くんには河太郎くんのことでお世話になっているので、改めて自分なりの言葉でそこに至った経緯を伝える。
「えっと……。驚かせちゃってごめんね。私も確証があったわけじゃなくて、零番街で情報を得ているうちになんとなくそうかもしれないって気づいたっていうか……。教師に憧れてたっていうのは元々聞いてたし、訛りがあったり、子ども・学生好きだったり、お世話好きだって聞いてたヤエさんの特徴が、お菓子をもらいに行ったときに会った彼女の特徴にあまりにも近かったからさ、ひょっとしたら……? と思って引き合わせてみたんだ。一か八かの賭けみたいなものだったけど、奇跡的に大ビンゴだったみたいで本当に良かったよ〜。へへ」
「『へへ』じゃないにゃ! んっとにお前ってやつは……ボケーっとしたツラでちゃっかりとんでもねえ偉業達成しやがって……」
「うっ。ボケてるのは否めないけど、偉業⁉︎」
「タマの言う通りよ。あの不登校の彼、俄然學園通う気になったみたいだし、そもそもあの子、學園内ではかなりレアな特待生のうえ河童族の代表でなんでしょう? ともすれば河童族の将来まで変えちゃったようなものだし、充分偉業だと言えると思うわ」
「! そこまで考えてなかったけど、そこまで言われるとなんだかものすごい偉業を成し遂げた気がしてきたよ……!」
「今さらかい。相変わらずなヤツだにゃ……」
調子に乗ってガッツポーズを作っていると、呆れ顔の玉己くんに肩をすくめられてしまった。小雪ちゃんがくすくす笑いながらも、さらに続ける。
「あなたってやっぱり不思議な人ね」
「え? そう……?」
「ええ。河童くんの件もそうだけど、内気だった霊華さんを表に引っ張り出して笑顔にしたり、なんだかんだであれだけ『人間』を敵対していたポチとタマまで懐柔して仲間にしちゃったんだもの。すごいわ」
「! いや、それは違うよ。河太郎くんの件も霊華さんの件も小雪ちゃん達が助けてくれたからうまく行ったようなものだし、特に犬飼くんの件では……」
「おいガリ勉。だあれが懐柔されて仲間になったって?」
必死になって小雪ちゃんに感謝の意を伝えようとしていたところ、近くの席で頬杖をつきながらお饅頭を頬張っていた犬飼くんが、仏頂面で口を挟んだ。
「犬飼くん!」
「あら、聞こえてたの」
「同じテーブルに座ってんだから聞こえて当然だろ。っつうかさっきも言ったけど、俺らはたまたま小腹が減ったから食堂に寄っただけで、別に花染のためにきたってわけじゃ……」
「ふっ。そういう割には狐の彼の指示通り、人間否定派のあやかしがこのテーブルに寄り付かないよう、今にも祟りそうな顔で周囲を牽制してたじゃない」
「なっ。そっ、そんなわけねえだろ! お、俺はただ、蘇ったばっかりの妖力を持て余してっから気に食わねえ奴がいたら喧嘩でも吹っかけようかなと思ってただけで、べ、別に人間否定派の奴だけをその標的にしてたってわけじゃっ」
「またまたあ。現世に行って大罪を犯そうとするぐらい人間嫌いで『お茶会』なんて微塵も興味なさそうな貴方が、花染さんと同じテーブルでごちそう食べてるってだけでも充分決定的な出来事なのに、今さら意地なんか張らなくたっていいじゃない。素直に今までの非礼を詫びて、心救われたことには感謝の気持ちを伝えたら?」
「だ、誰がっっ。って、っていうかそもそも俺はタマやガリ勉、お前らのためを思って人間を滅ぼそうとしただけで……っ」
「ん? 〝お前ら〟って何よ。タマはわかるけどなんで私まで……」
「あっ、えっと、その」
間髪入れず始まった小雪ちゃんと犬飼くんの小競り合いだったが、ここへきて犬飼くんが顔を真っ赤に染めて失言を後悔するよう口を噤んでいる。
「なによ?」
「うるせえ。なんでもねえって!」
犬飼くんは赤ら顔のままお饅頭にかぶりつき、小雪ちゃんは顔中に疑問符を浮かべて小首を傾げていたのだけれど……。
(ははん。さては……)
ピピっときた私は、さりげなく犬飼くんのそばに歩み寄り、にんまりと笑ってぽそりと呟いてみる。
「(犬飼くん)」
「(⁉︎ な、なんだよ花染。だから俺は、お前の仲間になったつもりは……)」
「(いえ。私のことはともかく、前から思ってたんだけど……もしかして小雪ちゃんのこと……?)」
「ぶっ!」
「ひえっ」
するともれなく、食べかけのお饅頭が飛んできた。
「……」
「ゲホゲホゲホッ、はああ? ちちちちちげえしッッ! なにふざけたこと言ってんだよ祟んぞ⁉︎」
「そう……ですか…………」
「ちょっと何? なんなの⁇ なんで内緒話⁉︎ っていうか花染さん、貴女、顔がお饅頭だらけになってるけど!」
「ぶはっ。祟られてやんの。っていうかアイボーの顔、やたら赤ぇけどなにコソコソおもしろそーな話してるにゃ」
「うっ、うるせえ! つかタマ、お前の方こそなに寛ぎながらばくばく菓子食ってんだよ! 休憩時間ももう終わるしそろそろ行くぞ!」
「にゃ⁉︎ もう⁉︎」
「えっ。もう行っちゃうんですか⁉︎ もっと詳しく話聞きたいし、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
残念だ。せっかく話が盛り上がってきたところなのに。
隣にいた小雪ちゃんも怪訝そうに小首を傾げている。
「⁇ なによ。来たばっかりなのに変なの。ほっときましょ、花染さん。霊華さんももうそんなに緊張した顔しなくて大丈夫よ。タマもポチも、柄悪くて近寄り難く感じるかもしれないけどそれは完全に見た目と威勢だけっていうか。実際は、揃いも揃って従順な下僕体質で、なんだかんだでいつも周りに振り回されてるような幸の薄い奴らだから。気をつかうよりは憐れむぐらいがちょうどいいと思うわ」
「だっ、だれが従順な下僕体質で幸薄い犬だよっ!」
「あら、本当のことじゃない」
「不幸体質……ですか……。犬飼さんも、玉己さんも、ご愁傷様です……。も、もしかしてここは……見た人を幸せにするっていう座敷童子のシキさんの出番でしょうか……?」
「あはは! よくわかんないけどわんわんにゃんにゃんヨシヨシ〜! はい、お隣さんのニャンちゃんにシキの幸せお裾分け〜」
「ぶにゃッ! むぐむぐ……おひ座敷童子っ! いきなひ俺の口に『冥土の土産』放りほんでんひゃねえっ。うめーけど幽霊化はもうほりほりにゃんだよっ」
「あははは〜。にゃんにゃん掠れてる〜! わんわんもいるぅ?」
「いらねーしっ。くそ、脳内花畑な雌どもが、黙ってりゃ好き勝手言いやがって……。まぁ、時間ねえから今日のところは穏便に済ましてやっけど、次生意気な口叩きやがったらまとめて祟ってやっから覚悟しろよ……!」
なおも赤面中の犬飼くんは、ぷいっとそっぽを向いてすっくと立ち上がると、玉己くんの方を一瞥し、眉間に皺を寄せる。
「おらタマ、身体透かしてる場合じゃねぇよ。先いっちまうぞ」
「んぐんぐ。へーへー。今行くからちょい待ち」
先を急ごうとしている犬飼くんを見て、テーブルの上に並んだお菓子やら未開封のパックジュースやらを慌ただしくパーカーのポケットに詰め込で持ち帰ろうとしているちゃっかり者の玉己くん。
犬飼くんはその間、賑やかに談笑を交わす小雪ちゃんやシキちゃん、霊華さん、テーブルの端っこの方で空白の時を埋めるよう語らう河太郎くんとヤエさんの姿を、物言わずじっと見つめていた。
「……」
その賑やかな声を、明るい笑い声を……。
そっと胸にしまうよう目を瞑る犬飼くん。
彼は頸部につけている犬用の首輪――健太郎さんの形見を人型でも着用できるよう手直ししたものだろう――に手を触れながら、何かを思い馳せているのか。それとも、何かを報告しているのか。
その口の端は、ほんのわずかにだけれど微苦笑を滲ませるよう儚げに引き上げられていた。
――ふと、瞼を持ち上げた彼と目が合う。
距離も近かったし、また何か文句言われるかな〜、と、一瞬身構えたけれど。
彼は大袈裟にはあ、とため息をつくと、明後日の方向に視線を逸らしながらぼやく。
「んっとにお節介な誰かさんのおかげで、おちおち感傷に浸ってる暇もねえっての」
「うっ。ご、ごめん……」
「まあ、でも……」
「……? でも、なんです?」
「……」
――たった一言。
「……救われた。お前ならイイ妖医になれるだろうよ」
「……!」
「まあ……お節介すぎて、患者にウザがられるかもしれねーけどな」
私にとって最高の褒め言葉であるその一言を口にして、彼は、いつものあの意地悪な顔でふっと口角をつり上げた。
「犬飼くん……」
言葉を返そうにもさっさとテーブルを離れ、出口に向かい始める犬飼くん。
彼の背中には、今なお重くのし掛かる十字架がある。それはこの先、決して消えることはないだろうけれど、でも。自分の弱さや過ちを素直に認め、それと向き合って精一杯生きていこうと決めた彼の足取りは、以前よりも前向きに、力強く差し出されているよう私には見えた。
呪縛からの解放――。きっと、その事実と彼を支える友の存在が、闇に沈んでいた彼の心を救ったのだと思う。
胸を撫で下ろし、目を細める。
犬飼くんは隣に駆け寄ってきた玉己くんの背をポン、と叩くと、
「行こうぜ、『相棒』」
かけがえのない友の名を、いつものようにそう呼んで。
前を向き、迷うことも立ち止まることもなく、しっかりとした足取りで立ち去っていった。
「(一件落着……かな)」
「花染さん、ほら、もうあいつらのことはほっといて、ヤエさんも河童くんも席についたことだし、もう一度改めて乾杯しながら幽世プリンでも食べましょ」
「あ、うんっ!」
かくして……私たちの宴はしばし続く。
肩を並べ、功労を讃え合い、再会を喜び合い、ときに和むような笑いを挟んだりもして。
ただ……。
「……」
この日、お茶会に誘おうとしていた残る一人――天堂さんだけは、すれ違い続けて呼びかけることはおろか再会さえままならず、悶々とした気持ちが私の心を騒がせていた。
度重なる九我さんの警告通り、私たちの間に暗雲が広がり始めていたことに、この時の私はまだ気付く由もなかったのだった。




