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6-26 これが噂のじょすかい(3)

 ◇


「――あれ? 花染さん、あそこにいる彼って……」


 早くも河太郎くんの存在に気づいた小雪ちゃんが、目を瞬きながらこちらを見る。


「へへ。多分ご名答だよ小雪ちゃん。私が呼んだの。みんな彼に会うの初めてだろうし、ちゃんと紹介するからちょっと待っててね。今、呼んでくる」


 キョトンとしている小雪ちゃんやシキちゃんたちに微笑みかけてから席を立つ。


 まるで戦場にでもいるような強張った面持ちで辺りを見渡していた河太郎くんは、私の存在に気がつくとややホッとしたような表情を垣間見せつつも、すぐにプイッとそっぽを向いた。照れているのか、あるいは自分が今、この場所に呼び出されたことにいまだ納得がいっていないのか。


 彼がどのような気持ちでそこにいるのかはわからないけれど、構わずに歩み寄り、精一杯の歓迎を込めて声をかける。


「もしかしたら来てくれないかもしれないと思ってたけど……ちゃんときてくれたんだね。ありがとう河太郎くん」


「……。アンタが必死な顔で俺を探しにきて、『辞めるにしても通うにしても一度でいいから學園の食堂で何か食べてみて。どれもこれも悩みが吹っ飛ぶぐらい美味しいから』――とかゴリ押しするから……。飯でもなんでもタダで食えるなら別に悪くないかなと思って立ち寄っただけ」


「ふふ。正直だなあ。でも、本当に美味しいから胸を張ってお薦めできるよ。それにね……今日は会って欲しい人たちもいるんだ」


「会って欲しい奴……?」


 にっこりと笑ってそう告げると、河太郎くんは一段と眉を顰めて小首を傾げた。


「どうせクラスメイトかなにかだろ。だから俺……やっぱり學園への進学は辞退しようかと思ってるし、今日はただ好奇心でタダ飯しに来ただけだか……うおっと⁉︎」


「わかってるわかってる。大丈夫。河太郎くんの人生だし、河太郎くんの決めたことにとやかく言うつもりはないよ。ただ、せっかく来てくれたんだもん。今日は細かい話は抜きにして、思いっきり味わって楽しんでいって〜。そうそう、カッパ巻きもあるからね」


「……」


「こっちだよ〜」


 どこか煮え切らない様子の河太郎くんの腕をがっしりと掴み、みんなが待ってるテーブルに向かってスタスタと歩き始める。すると河太郎くんははじめ、どことなく不満そうな顔つきで渋々といった感じでついてきていたものの、「河童がみんな、カッパ巻きを無条件で好きだと思ったら大間違いだぞ」「俺は酸飯の酢の濃度にうるさい男だからな」「あんまりにも酸っぱすぎたら帰るからな」「河童は胡瓜の新鮮さにも拘るんだよ」などと、途中からは目を爛々と輝かせてスタスタ自分から進んで歩いていた。なんだかんだ言いつつも、やはりカッパ巻きが好きらしい。


 そうこう話しているうちに、あっという間にみんながいるテーブルへたどり着く。


「あ、来た」


「あん? 誰だよソイツ」


「……む。まだ他にも呼んでたのか。しかもあやかしの匂い? んっとにお前、いびられようがなんだろうがへこたれねえヤツだにゃあ」


 すぐさま反応を示す小雪ちゃん、犬飼くん、玉己くん。


「あはは。オトモダチまたふえたー! お饅頭食べるう?」


「……あ、あのっ、えっと、こっ、こちらの席どうぞっ」


 お饅頭を頬張りながらひらひらと手を振るシキちゃんに、慌ててテーブルの上を片付けて空席を作る霊華さん。


「……」


 河太郎くんはこういう和気藹々としたムードに慣れていないのか、やや仏頂面で目を伏せ、気まずそうな沈黙を作ったのだった……が。


「……!」


 ――突如、ガタリと派手な音がして一つの椅子がひっくり返る。


 音に驚いて視線を向けると、椅子を倒しながらその場で急に起立したのは、目を見開いて河太郎くんを見つめる食堂のおばちゃんだった。


「……っ」


「……?」


 彼女は唇を震わせて一歩、また一歩と恐る恐る河太郎くんに接近していく。やがて目の前で立ち止まったかと思うと、彼女は河太郎くんの顔をまじまじと見つめたまま、徐に問うた。


「も、もしかして……河太郎か……?」


「え? そ、そうだけど……」


 怪訝そうに眉を顰める河太郎くんの返答に、おばちゃんはみるみるうちに顔を綻ばせる。


 一体どういうことだと困惑して目を瞬く河太郎くんや、顔を見合わせるシキちゃんや小雪ちゃんたちの前で彼女はすうっと目を潤ませると、有無を言わさず河太郎くんを抱きしめた。


「ちょ、待っ、なっ……」


「⁉︎」


「えっ? えっ⁉︎ どうしたの⁉︎ なになになに⁉︎」


「ああ、やっぱり……髪さ伸びでで一瞬わがらながったんだども、そったな気ぃしたわ。信じで待ってでえがった。おめはんなら絶対学び舎さ来るって思ってらった。門人になったんだべ? ほんによぐこごまでけっぱって……」


「……!」


 怒濤のごとく飛び出すおばちゃんの方言に、河太郎くんの動きがぴたりと止まる。


「んだともおめ、けっぱりすぎでわんつか痩せだが? ちゃんと食ってらの? ほれ、おめの好ぎなカッパ巻ぎもがっぱりあっがら好ぎなだげ食ってげ」


「……」


「(え、なに。何語⁉︎)」


「(ケツがつっぱりすぎて痩せた……? 暗号か⁇ おい幽霊女、おまえ文学部だろ訳せにゃ)」


「(⁉︎ むむむむ無理ですう……!)」


 馴染みのない言葉に動揺する小雪ちゃんや玉己くん、霊華さんたち。でも、河太郎くんだけは何かに気づいたようで、ぴたりと動きを止めたまま動かない。ごしごしと目頭を拭うおばちゃんは、少し照れくさそうに笑いつつも嬉しさを堪えきれないといったように、何度もすんと鼻を鳴らしていた。


「ちょ、ちょっと花染さん、これは一体どういう――」


「ヤエ……婆……?」


 顔に疑問符を浮かべて尋ねようとした小雪ちゃんを遮り、河太郎くんの口からぽろりとその名がこぼれ落ちる。


「えっ⁉︎」


 その場にいたみんなは驚いていたけれど、私はただただ固唾を呑んで見守り、答えを求められたおばちゃんは……。


「……んだ、ヤエ子だ。幽世(こっち)さ来てだいぶ若返っちまったげんど覚えででくれだが」


 目に涙を溜めたまま満面の笑みを浮かべ、かつての弟子であり我が子のようでもあった河太郎くんの頭を、ニット帽の上からくしゃりと撫でた。


「……っ」


「う、嘘⁉︎」


「にゃ⁉︎ ヤエ子ってあの(・・)お前が探してたっつうヤエ子か⁉︎」


 零番街へ出向き、一緒に彼女の姿を探した小雪ちゃんと玉己くんは素っ頓狂な声をあげ、詳しい事情を知らないシキちゃん、霊華さん、犬飼くんはキョトンとしたように小首をひねる。私は小雪ちゃんと玉己くんに小さく頷いて見せてから、当の本人――ヤエさんに視線を投げた。


 彼女はにっこりと微笑み、河太郎くんから離れると鞄から取り出した食堂従業員用の社員証をこちらへ提示しつつ、改めて自身の素性を明らかにした。


「あー、きぢんと名乗らねぁーでもさげね……ゴホン、ちゃんと名乗ってなくて悪かったねえ。ほれ、アタシは幸福の〝福〟に富士山の〝富〟で、福富ヤエ子ってんだ。河太郎(このコ)とは生前に色々と深い縁があってねえ。事情あって生き別れてたんだけど、まさかこっちの世でまた再会できるだなんて……本当に夢みたいだよ」


 鼻をぐずらせながらそう告げるヤエさん。彼女が持つ社員証にはまぎれもなく〝福富ヤエ子〟の文字が刻まれている。


 ――ああ、やっぱり。


 彼女の正体を聞き心底ホッとして頬を緩める私。予測していたとおり、不思議な縁で繋がっていた彼女こそ、河太郎くんの恩人〝ヤエ婆〟だったのだ。


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