6-24 これが噂のじょすかい(1)
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「んー……おいひい♡」
翌日、學園内にある食堂にて。ラウンジ名物の幽世プリンを頬張った小雪ちゃんが、幸せそうな吐息を漏らす。
「本当……あの、すごく……すごくおいしいです……」
小雪ちゃんの隣の席には、いつになく血色が良さそうに(死者なのに血色が良いっていうのも変かな)満面の表情で微笑む霊華さんの姿、そして――。
「あーんもうコユキずるうううい! シキも! シキも食べるううううう!」
ぷりぷりと頬を膨らませながらやってきて、小雪ちゃんから幽世プリンを強奪しようとしている敷ちゃんの姿もある。
「ふふ。慌てないでいいよシキちゃん。こっちにたくさん買い込んであるから」
「ひあー! ほんとだっ。さーっすがコトぴょん! シキ、たくさん食べるう!」
「ちょっとちょっとちょっとシキ⁉︎ これは花染さんが先日の丸秘ツアーへの同行のお礼として用意してくれたものなんだからっ。友達と遊んでて一緒にこなかったような薄情なアンタの分なんかないわよっ」
「ぎゃあー! 返して返して返してっシキも食べるううううフギギギギギ」
「あはは。まあまあ二人とも。プリンだけでなく他のお菓子も買ってあるし、今日はせっかく霊華さんもきてくれたことだからみんなで仲良く食べよ、ね?」
宥めるものの、相変わらずな二人のちっちゃな抗争が途絶えることはなく、傍に座る霊華さんがその様を眺めて楽しそうに笑っている。よほど同世代の仲間たちと憩いのひとときを過ごせるのが嬉しいのか、彼女の表情からはいつにない前向きさが感じ取れて、心から微笑ましい気持ちになってくる。
ふと――。
「おやおや賑やかだね。知ってるよ〜、こういうの『じょすかい』って言うんだろ? ふふふ。実はおばちゃんも一度でいいからこういうのやってみたかったんだよねえ。誘ってくれてありがとう。どれ、ご一緒してもいいかい?」
親しみのある優しい訛り口調がテーブルに落ちてくる。一同揃って振り返ると、食堂のアイドルタイムで休憩中と思しき例の――『冥土の土産』の件でお世話になった――食堂のおばちゃんが、前回と同じお菓子やらお得意の手料理やらを両手に持って立っていた。
「あ、おばちゃんキターっ。やほー!」
「もちろんです! どうぞこちらに」
慌てて立ち上がって、彼女を席へ案内する。
余裕で十人は座れる大テーブルのうち、早くも半分近くが埋まった。
今日は先日の零番街の件の苦労や感謝を労わりあう慰労会みたいなもの。
あの件に関しては彼女のお菓子がなければこの光景は成し得ていなかったし、お菓子をもらった際に友達を連れてきて感想を伝えるという約束も交わしていた。だから、この会を開くと決めた時に真っ先に呼ぶことを決めていたし、話してみたいこと、聞いてみたいこともたくさんあった。
彼女が席に座ると、小雪ちゃんは律儀に挨拶を交わし、同郷である霊華さんは緊張気味に言葉を交わす。その直後におばちゃんと仲が良いというシキちゃんがその場を引っ掻き回せば、早くもみんなが陽気な空気に呑まれたようだった。
「その節は本当にありがとうございました。色々ありまして……あのお菓子のおかげで結果的にクラスメイトの心も救われたと思います」
まだ全員は揃っていないけれど、女子一同が座ったところで改まっておばちゃんにそうお礼を述べると、なんのことかよくわかっていないであろう彼女は、
「あらあら。なんだかよくわからないけど役に立ったようでよかったわ〜。こんなのでよければいくらでもまたあげるからいつでも食堂にきなさいな。数に限りはあるけど、おばちゃん特製の栄養満点薬膳スープもつけちゃうからね。味はアレだけど一口飲めばそりゃあ元気出るから。憂鬱な気持ちなんてあっという間にすっ飛んでっちゃうわよ〜」
相変わらず豪快な口調でそう言って、からからと笑う。
ありがたく相槌を打ちつつ、「小雪ちゃんも霊華さんも、その節は本当にありがとうね」と礼を述べると、二人は照れ臭そうに頬や頭をかきながらも、顔を見合わせて微笑んでいた。
「礼にはおよばないわ。クラスメイトとして当然のことをしたまでだし」
「私もです……。色々ハラハラすることはありましたが……こちらの方こそ、みなさんと仲良くなれるきっかけができて……本当に感謝しています」
「エッ。なになに。何かあったの⁉︎ みんなシキにナイショで面白いことしてたのー⁉︎」
「だからアンタは先約だかなんだかで用事があるってあっさり断ったじゃない」
「ほえ? あれ、そうだっけ〜? あはは。ごめんごめん〜! いつもアチコチ遊ぶ約束してるから忘れてたけど、そうだったかも〜!」
「はーあ、ほんっとに……アンタってタマに負けず劣らず適当主義者なんだから……!」
きゃらきゃらと無邪気に笑うシキちゃんをジト目で睨む小雪ちゃん。二人のやり取りにくすくす笑っていると、そんな私たちの歓談を眺めていたおばちゃんが、ポツリとつぶやいた。
「それにしてもアンタ、私の言ったことをきっちり覚えてただなんて、本当に律儀な子だねえ」
「へ? そうですか?」
「貴女みたいに人の縁を大事にする生徒が一人でもいれば、間違いなくクラスは安泰だわよ。ちなみに……その心が救われたって子は、今日はきてないのかい?」
なんだか照れくさいけれどそこは素直に受け取りつつ、彼女の質問に答える。
「えっと、それが……。実は今日、その人をはじめ、ここにいるメンバーの他にも一緒にお茶会でもしませんか〜って声をかけたメンバーがいるんですが、軒並み渋い顔をされてしまって」
「エッ。ちょっとちょっと花染さん、貴女まさかポチやタマ、狐の彼にまで声かけたの⁉︎」
正直に申告すると、驚いたようにこちらへ身を乗り出してくる小雪ちゃん。
「うん! かけたよ〜」
「かけたよ〜って、貴女、あのいかにも協調性がなさそうなメンズたち相手にホント度胸あるわね……!」
「あ、えっとね、でも……声をかけたって言っても、九我さんは学舎内探したけど見つからなくて。犬飼くんと玉己くんは、会えたには会えたんだけど、あっさり『めんどくせえにゃ』『いくかそんなもん茶ぐらい一人で飲め』って瞬殺されちゃって……」
その時の相変わらずな彼らの反応を思い出し、とほほと苦笑をこぼす私。「あっ。あとそれから他にも……」と、さらにその答えを掘り下げようと思った――そのとき、
「ちょっとアナタ。天堂様組のハナゾメコトハさんよね?」
聞き覚えのない、妙に尖った女性の声が背後から飛んできた。