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6-23 健太郎と狗神の呪いと愛犬リュウ(7)*

※ 『健太郎と狗神の呪いと愛犬リュウ(1)〜(7)*』は『犬飼視点』のお話しとなります。

 ◆◆◆



 ――溢れ出してくる妖力に戸惑いが隠せず、呆然と両手を見つめる俺。


「おいっ、大丈夫なのかよアイボー⁉︎ お前、今すぐ妖医の元にっ……」


「待って、落ち着いて玉己くん!」


「落ち着いてなんかいられるかっての! っつうか花染、危険だから離れとけって言っただろ! この『ヒジュツ』とかってやつはな、人間にとっては『猛毒』みたいなもんで……」


「その小瓶の中身は、猛毒なんかじゃないよっ」


 慌てて叫んだような花染の一言に、俺の体を揺さぶっていた玉己も、自身の変化に戸惑っていた俺も、困惑するように視線を送った。


「にゃ⁉︎」


「……え?」


 どういうことだと眉を顰める俺に、花染はいそいそと自分のポケットから紙切れを一枚取り出すと、それをこちらに向かって差し出しながらその言葉の意味を補足した。


「その小瓶って、健太郎さんが作った〝秘術〟だよね? ……だとしたら、間違いないよ。これ、日記帳に挟んであったメモ用紙。落としたら大変だから後で渡そうと思って保管してたんだけど……ここにね、その『秘術』についての『真実』が書かれてる」


「『真実』……? おい、それはどういうことにゃ花染」


 怪訝そうに疑問をぶつける玉己に、花染は神妙な顔で頷いてからその先を続ける。


「それが……その薬、本当は〝猛毒〟なんかじゃなくて、単に〝妖力を増強させる薬〟みたいなの」


「な……」


「に、にゃんだと⁉︎」


「人間はあやかしよりも遥かに寿命が短いから……健太郎さんはいつの日か自分が先に死んで、残された犬飼くんの妖力が衰える日が来たとしても、薬で補えるようにってその小瓶を用意した一方で、その薬が、裏切り行為や、離反のための道具として利用されることをひどく恐れていたようなの」


「……」


「ケンタロウが?」


「うん。ただでさえ力のある狗神(あやかし)が、薬の服用によってさらに強い妖力を得てしまうと術者でさえ制御できなくなってしまうから。だから……〝猛毒〟や〝奇病〟だと嘯いて、自分が生きている間は開栓しないよう仕向けていたってこのメモには書いてある」


「そ、んな……」


「にゃ、マジかよ……」


 絶句する俺と、全力で安堵するようその場にへたり込む玉己。


 花染はその旨が記されたメモ帳に視線を落としながら、健太郎の気持ちを代弁するようにつぶやく。


「きっとね、健太郎さんはいつか犬飼くんの心が、狂気に歪んだ自分から離れていってしまうことを薄々感じとっていたんだと思う。このメモからはそう読み取れるし、万が一決別する形になったとしても、せめて犬飼くんの未来はきちんと守ることができるように、薬の正しい存在理由をこうしてメモに書いて残しておいてくれたんじゃないかな」


「……」


 ――花染から渡された健太郎の手書きの鉛筆メモは、何度も書き直したことが窺い知れるよう見窄らしくクシャクシャに歪んで色褪せていた。

 

 アイツの確かな愛情に触れ、その場に崩れ落ちるよう膝を落とす俺。


 再び自分の両手に視線を落とすと、そこには確かにかつての俺に勝るとも劣らない豊かな妖力が宿っていて、意図せず込み上げてくる涙が無様にぼたりとこぼれ落ちた。


「んで……」


「……」


「な、んで……死なせてくれねえんだよ……」


「アイボー……」


「犬飼くん……」


「死ぬべきだったのは、俺の方なのに……」


 視界の端に転がっている日記帳が、投げ捨てた首輪が、涙の膜に覆われて輪郭を失うように滲んでいく。


 過去を断ち切れずにいた俺にとって、生きる指標といえば自分の悲運に対する反骨精神や人間への復讐心だけだった。


 しかし今、真実を知ってその指標を失い、アイツに逢うことも詫びることも死をもって償うことすらも許されないまま、生きる力だけを漲らせている。


 今さらこんな力を取り戻したところでどうしようもないのに。


 俺はこれから先、一体どうすればいいんだろう――。


「なんで今さら……」


 溢れてくる力を持て余し、あてどころのない嘆きをふつと漏らした……その時、スッと伸びてきた指が、俺のデコをビシィッと跳ねた。


「いっづ‼︎」


 頓狂な声を上げ、激痛の走った額を抑える。


 輪をかけたように涙目になりつつも、目の前にしゃがみこんでいた仏頂面の玉己をぎろりと睨みつけた。


 空気を読まず、流れぶったぎって不意打ちデコピンかましてきやがったのは、言わずもがなこのクソ猫だ。


「てめ、いきなりなにす――」


「『死なせてくれ』とか『死ぬべき』とか……ふざけたことぬかしてっとデコピンどころかチョップでどたまかち割んぞ」


「な……」


「ケンタロウがおめえに望んでんのは後悔でも懺悔でも自責でも自死でもなく、お前が不自由なく『生きていくこと』だろ。なんのためにチートみてぇな薬遺したり、死の間際に這いずり回ってボロッボロの首輪をメイドに託したりしたと思ってんだよ」


「……っ、」


 不機嫌な顔でそう吐き捨てた玉己は、足元に落ちていた古びた首輪を拾い上げ、こちらにグイッと押し付けてきた。


 手放したはずの過去が……手放したはずの俺と健太郎(アイツ)の『絆』が再び手の中に舞い戻ってくる。


「許される許されないは別にして、おめぇはもう、幽世の監獄で長いあいだ真面目に刑に服して罪を償ってんだ。それでも償い足りねえってんなら生きて償え。死に物狂いで生きて善行積み続けてりゃ殺された奴らだって多少はうかばれるだろ」


「……」


「いや知らんけど。でも、少なくとも……ケンタロウは、そうやってお前が前向きに生きていくことを願ってるはずにゃ」


 玉己は奴らしいぶっきらぼうな言葉でそう締め括り、そっぽを向いた。


健太郎(アイツ)の……願い……)


 言葉に詰まり、手の中の首輪に視線を落とす。留め具についた錆の一つ、傷の一つに触れただけでも日記帳で見た健全な頃の健太郎(アイツ)の笑顔が脳裏に蘇り、たまらずに唇を強く噛みしめた。


「私もそう思う」


 今にも堰を切ったように溢れ出しそうな涙を必死に堪えていると、ふいに頭上に柔らかい声が降り注いだ。


 顔を上げると、穏やかな表情を浮かべた花染が落としたはずの日記帳を持って立っている。


 変わらずにお節介な目をして、懐かしい『人間』の匂いを漂わせて。


 花染は俺と目線を合わせるよう膝をつくと、持っていた日記帳をそっとこちらに手渡してきた。


「今さら過去は変えられないし、その罪や痛みはこの先ずっと抱えていかなきゃならないけど……でも、大丈夫だよ。犬飼くんは一人じゃない。あなたには辛い時に支えてくれる、もう一人の気まぐれな『相棒』がいるから」


 そう言って目を細め、仏頂面で明後日の方向を睨んでる玉己を指差す花染。


 玉己はこちらを向きもしなかったが、不貞腐れ顔をさらに腐らせて「気まぐれは余計にゃ」とぼやいた。


 ふふっと笑った花染は「選り好みしなければ私もいるんだけどね〜」と、お茶を濁しながらも、


「だから……もう、そんなに自分を責めないで。健太郎さんからもらった未来を後悔だけで埋めてしまったら、それこそ彼が悲しんじゃうから」


 ――これからは一緒に乗り越えていこう、と。


 囁くような優しい声で、まるで震える小動物を宥めるかのように、俺の頭を優しくくしゃりと撫でてきた。


「……」


 柔らかい、人間の匂い。


 懐かしい、人間の空気。


 差し伸べられた、温かい手。


 心の隙間に届いた、優しい体温。


 花染から差し出されたそれらが、いつしか俺の中の呪縛を解き放つ――。


「……ああ、そうだな」


 たった一言。あれほど憎らしかった花染からの言葉を受け入れるようにそう呟けば、堪えていた涙が止めどなくぼたぼたと零れ落ちた。


(畜生……)


 こんな無様な姿、見せたいわけじゃないのに。


 何も言わずにそばに寄り添う玉己と花染の体温が身に沁みて、堰を切ったように次から次へと涙が溢れ出して止まらなかった。


 ――頭上に日の変わり目を知らせる鐘が鳴る。


 間もなく現世の満月も明ける頃だろう。


 もう……そちらへ行く必要はなくなったけれど。


 健太郎がそれを望んでいるというのなら、見苦しくても、格好悪くても、無様でも……強く、図太く、逞しく生きていってやろうじゃねえか。


 健太郎の思いが詰まった首輪と日記帳を強く胸に抱き締めてそう誓った俺は、今この瞬間だけは、気まぐれな相棒とお節介な人間の懐に気を許して。


 気が済むまで涙を流し続けたのだった。



 

※犬飼視点(了)

※次話よりヒロイン視点に戻ります。

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