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6-21 健太郎と狗神の呪いと愛犬リュウ(5)*

※ 『健太郎と狗神の呪いと愛犬リュウ(1)〜(7)*』は『犬飼視点』のお話しとなります。

 ◆◆◆



(ああ……そうか)


 ――それから長らく続く、狗神化した俺と健太郎(アイツ)の神社経営。



〝××××年○月△日〟


〝自治会会長を祟り殺す〟


『ぷっ……あはははは、なあ、聞いたかよ相棒。アイツ、死んだらしいぜ。いや、お前のせいじゃないよ。何度も忠告してやったのに頑なに除霊代支払わないって拒否し続けたアイツが悪いんだ』


 呆然と立ち竦む俺の目の前では、(ページ)が捲れる音と共に、気が狂ったように高笑いする神主姿のアイツが幾度となく過ぎていくけれど……。



〝××××年◇月▽日〟


〝学生時代、僕を虐めていた同級生に遭遇。祟り殺す〟


『くくくく、あーいい気味。アイツ、ガキの頃に散々オレ(・・)やうちの神社のこと馬鹿にしてたくせに、自分が祟られた途端、〝助けてくれ犬飼くん、いくらでも金を払うから除霊してくださああい〟だって。だっせえよなあ……。お望み通りアイツの家族親族全て巻き込んで、死ぬほど金巻き上げてやろうぜ』



(ああ、そうだよ……間違いない)


 俺はようやく腑に落ちる。


 これが俺の知る犬飼健太郎だ、と――。



〝××××年□月○日〟


〝同業者住職を祟り殺す〟


『いいか、相棒。世の中はなあ、全て金なんだよ。無知で力のない弱者は強者に搾取され淘汰される、それが世の常だ。情けなんかかけなくっていい。オレたちはこの地位に上り詰めるまでに数多の犠牲を払って来たんだから、今度は奪う側に回って甘い蜜を啜って生きていけばそれでいい。間違っても他人への情なんかに振り回されるなよ』


 ――もともとメンタルが弱かった健太郎は、強力な呪術を日常的に使用することで悪しき瘴気に呑まれ、精神を壊して多重人格を発症したり〝金〟への異常な執着に走った。


 きっと、金さえあれば愛犬時代の俺を祭祀しないで済んだという未練が、アイツの精神を狂わせたのだろう。


 目の前の光景を漠然と眺めてようやく納得に至る一方で、俺の頭の中には、日記帳に綴られた健太郎(アイツ)の本心と思しき心中の葛藤が漏れ聞こえてくる――。



〝リュウ〟


〝僕は、自分が怖い〟



『相棒、三丁目の不動産屋のババア、そろそろシメとこうぜ。あの女、オレらのこと〝狗神村の恥晒しだ〟って散々イビってくれたからなあ……。どんな祟りを見舞って金を貪りとってやろうか』



〝術を使うたび、頭の中の雑音が酷くなって〟


〝自分が自分じゃなくなっていく気がする〟



『足りねえなあ。金……金だよ金。金がなけりゃいつまた足元を掬われるかわからねえ。備えあれば憂いなしって言うだろ。もっと祟りを広げて効率よく稼いでいこうぜ』



〝何度も術の使用をやめようとしたけれど〟


〝気付いた時にはいつも、君に横暴な指示を吐き出した後になっていて〟


〝気付いた時には目の前に、祟りで苦しむ人の姿や、罪のない人たちの死屍が転がっている〟



『……なあ、相棒』



〝何度、術者であることを放棄しようと思ったかわからない〟



『見ろよこれ。お前の血とオレの術で作り上げた秘術だ。封を解けば世界は忽ち奇病に覆われて、人間なんて一人残らずあっという間に死滅する。頑丈なあやかしやお前みたいな神でさえ、一口でも口にすれば一発ノックアウトの激毒(シロモン)だ』



〝でも、契約に違反して故意に術者を降りれば、君は神々の怒りに触れてこの世から消されてしまうだろう〟



『なんでそんなヤバいモンを作ったかって? オレらみたいな生業は他人の怨みを買いやすいからな……。万が一、オレに何かがあった場合、術者を欠いた式神は力を失って報復の標的にされやすい。そんなのは癪だろ? だから、もしもお前が一人になって窮地に立たされるようなことがあっても、余裕で返り討ちにできるよう〝備え〟があれば安心だろうと思って』



〝だから……僕は、この立場から逃げ出すこともできない〟



『くくく……ほーんとオレって従者思いの優しいご主人様だよなあ! まあ、そういうわけだから、間違ってもオレが生きてる間は勝手に開けちゃ駄目だし、これからも優しいご主人様の言うことだけを信じて仕え続けてくれよ? ……約束だぞ』



〝もう誰の苦しむ姿も見たくない〟


〝術も使いたくない〟



『おい、相棒』



〝誰か……僕を止めてくれ〟



『お前、最近、神社と揉めてる依頼人の子ども……ほら、あのちょっと太めの鈍臭そうなガキだよ……と、境内の片隅で密かに戯れてるって話、本当か?』



〝雑音に、呑まれる〟



『偶然姿を見られて、なんとなく懐かしい感じがして、少し会話しただけ……? おいおい、オレ以外の人間とは勝手に喋るなっていつも言ってるだろ! くそ、まさかそのガキに霊感があるとはな……いいか相棒、金輪際その子どもには構うな。余計な感情やお前にとって不要な知識がついたら面倒だ。お前はオレの言葉だけを信じて、オレに従ってればそれでいいんだよ』



〝誰か、僕を……〟



『あのガキを殺せ、相棒』



〝誰か僕を、殺してくれ〟



『……理由? そんなのお前は知らなくていい。オレらにとって邪魔な存在だと判断したから消す、ただそれだけだ』



(もう……いい)



 ――もはや精神が限界だった健太郎は、抱えていた懊悩と葛藤を吐き出すことができぬまま、かくして俺の不信を買い、やがて憎悪に塗れた(くだん)の〝報復騒動〟へと発展してゆく。



『ま、待てよ相棒、なにす……あがっ』


『俺が何も知らねえとでも思ったか? この薄汚ぇ人間が……!』


『……ぐ……う……』


『なにがアイボウだ、なにがパートナだよ⁉︎ 都合の良い言葉並べ立てて(オレ)の命弄びやがって……‼︎』


『……っ』


『絶対に許さねえ……殺してやる……皆殺しにしてやる……!』



 噎せ返るような血の匂いの中、骨ばったアイツの首に深く爪を食い込ませ、繰り返し呪詛を吐いたあの日――。


 俺の確かな殺意に気づいたアイツは、自らの意志で抵抗をやめ、ただ静かに微笑んだ。



『……リュウ……』



 ずっと、不思議だった。


 なぜあの時、笑ったのか。


 なぜあの時、俺の本当の名を愛おしそうに呼んだのか。



(アイツはきっと)


(ずっと誰かに殺されたかったんだ)


(果てない闇から抜け出そうとも、俺の存在を消すにも消せず)


(死ぬにも死ねなくて)


(日に日に罪を重ね、地に落ちていく自分を悲観して)


(それでもどうにかして、誰かに自分を止めて欲しくて――)



 だから自分が殺されると理解した時、悲しみや死への恐怖といった負の感情よりも『これで苦しみから解放される』――その思いの方が強く出て、結果的にあの安らかな表情に繋がったのだろうと、俺はようやくその結論に辿り着いた。



〝どうせ誰かに裁かれるのなら――リュウ。俺はお前に裁かれたい〟



 日記帳の……アイツの最後となる一言が、俺の頭の中に木霊する。



(待……てよ)



 やがてアイツは、誰もいなくなった屋敷内を必死に這いつくばり、自室に隠していた首輪を手にした。


 その際に床に転がった日記帳が、アイツの末路を見届けるように、音もなくただ静かにその光景を記録していく。



(待ってくれよ健太郎……)



 ほどなくして家政婦のタドコロキミコがやってきて首輪を託すと、健太郎は力尽きるように天を仰いだ。


 どこを見ているのか定かではない。だがその刹那、見えていないはずの俺が見えてでもいるかのように、健太郎と目があった気がした。



『……』



 もう、日記帳からアイツの声は聞こえてこない。


 でも、その優しい眼差しがアイツの全てを物語っているようだったし、死を迎える間際の健太郎の表情は、ひどく穏やかだったことだけは確かだった。



「……」



 熱くなった目頭から一筋の涙がこぼれ落ちる。



「健太ろ……」



 しかし、ようやく声を絞り出せたと思ったその瞬間に再び閃光が走り、目の前が派手に白む。


「ま、待っ……」


 伸ばした腕が眼前に横たわるアイツに届くことも、引き止めようとする声が最後まで発せられることもなく、時空を越えるような錯覚とパラパラとページの捲れるような音が長らく続き、やがて、急速に意識が引き戻される。

 

 ・

 ・

 ・


 ドサリ……と。


 手に持っていた分厚い日記帳が床に落ちる音で、俺はハッと我に返った。



「……」


「……」


「……お」


 目の前には、真剣な眼差しでこちらを見つめる玉己と花染の姿。


 伸ばした腕は空を掴み、俺の頬には乾ききっていない涙の感触が僅かながらに残っている。


 視界の端には蛍のように柔らかい明かりを灯して発着を繰り返す幽世列車や駅ホームの光景がひろがっていて……。


「……」


「戻って……きたかにゃ?」


 俺の付喪神による長い長い日記旅は終わりを迎えていたのだった――。

 


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